ヴァイオリン・ソナタ 『遺作』
Sonate 'Posthume' pour Violon et Piano


「自らの作曲技法における最も価値ある要素を,
アンドレ・ジェダルジュに負っていると認めるのは,私には喜ばしいことだ。
フォレの場合は,彼がひとりの芸術家として与えてくれる激励が,
同じく私には価値あるものだった」


『自伝的素描』の一節

概説 :

ラヴェルのヴァイオリン・ソナタには2種類あり,このソナタは1897年,作者がまだパリ音楽院の学生だった22才の時に書かれた。この作品を書いた1897年の秋,ラヴェルはチュニジアに教授職の依頼を受けながらこれを断り,翌年1月からフォーレの作曲法クラスへ進んでいる。作曲者自身が冒頭の主題に「バスク色の発露」を主張しており,冒頭に和音を伴って現れる平行五度の大胆な多用などに,独自性の片鱗を感じさせてはいるものの,総じて1876年に同じヴァイオリン・ソナタを書いたフォレや,1886年に書いたフランクの影響下に,後期ロマン派ソナタ語法の修得を目指した過渡期の作品と位置づけられよう。

ラヴェルは1897年4月に,15ページからなる手稿を書き上げ,ジョルジュ・エネスコのヴァイオリンと作者自身のピアノ伴奏により,パリ音楽院で非公式の初演が行われたと記録されている。しかしこの後,この自筆譜は放置され,存在を忘れ去られたまま行方不明となった。その後1975年になって,クイーンズ大学教授の音楽史家アービー・オーレンシュタイン博士(Arbie Orenstein=
右写真)によって漸く再発見されるに至る。初期の作品である本作が『遺作(posthume)』と呼ばれるようになったのは,この経緯に由来があり,本ソナタ(単楽章)は,1927年に書かれた2つめのヴァイオリン・ソナタ(3楽章)とは無関係である。

自筆譜はアレクサンドル・タヴェルヌ(Madame Alexandre Taverne)夫人私蔵。全15頁(1-11頁はフルスコア,12-15頁はヴァイオリン譜)。
見つけたのはぼくだーい!



Reference

ニコルズ, R.・渋谷訳. 1987. 「ラヴェル−生涯と作品−」東京:泰流社.
Orenstein, A. 1991 (1975). Ravel: man and musician. New York: Dover Publications, p. 19 / pp. 144-145.




作曲・出版年 作曲年: 〜1897年 4月
出版: 1975年(サラベール社)
編成 ヴァイオリン,ピアノ
演奏時間 約14分
初演 ■非公式初演:1897年,ジョルジュ・エネスコ(ヴァイオリン),作曲者(ピアノ) 於パリ音楽院
■公式な初演:1975年2月23日,ジェラルド・タラック(ヴァイオリン),レオン・ポマーズ(ピアノ) 於チャールズ・コールデン・オーディトリアム(クイーンズ大学)
推薦盤

★★★★☆
"French Violin Sonatas : Sonata for Violin & Piano (Debussy) Sonata Posthumous (Ravel) Sonata for Violin & Piano (Lekeu)"(Denon : CO-72718)
Jean-Jacques Kantorow (violin) Jacques Rouvier (piano)
フランスを代表する2人の中堅名手が残したソナタ集です。ヴァイオリンのカントロフは,僅か19才でパガニーニ国際に優勝した名手。そこに至るまでにロン=ティボー,シベリウス,エリザベス,モントリオール国際の全てに優勝した怪童でした。ルヴィエのほうも多言を要しますまい。カザルス,ロン=ティボー,ヴィオッティの各コンクールに入賞した人で,ラヴェルやドビュッシーは得意中の得意です。技量確かなこの両者の顔合わせが,まさしく最良の形で結実したのがこの録音。甘美で少し陰りのあるハスキーな音色がパリ楽壇らしさを感じさせるカントロフのヴァイオリンが圧倒的に素晴らしい。目も眩むようにぴちぴちと跳ね回る技巧と,鋭角的な切れ味,熱情をたたえた演奏。あまり演奏のないこの曲の代表的な名演といって良いのではないでしょうか。この顔合わせを企画したのが日本人スタッフであったという事実。ちょっと誇らしいですね。欲を言えば,ヴァイオリンにもう少しコクや陰影が欲しかった気がしますが,これは贅沢というものでしょうか(演奏時間;13:05)。

★★★★☆
"Sonate Posthume / Pièce en Forme de Habanera / Sonate pour Violon et Violoncelle / Sonate pour Vilon et Piano / Tzigane" (Ceský Rozhlas - Praga : PR 54016)
Josef Suk, David Oïstrakh (vln) André Navarra (vc) Josef Hála, Frida Bauer, Vladimir Yampolsky (p)
東西冷戦終結で訪れた平和こそ,世界の人々にとって一番の福音となったのは論を待ちません。しかしながら,こと西側の音楽好きにとっては,平和とともに溢れだしてきた,旧社会主義圏の素晴らしい録音群こそ,最大の福音だったのでは。チェコの大作家スークの実孫にしてスーク・トリオの創設者の手になる『遺作』,『ハバネラ』に,スーク=ナヴァラの『弦楽二重奏』,そして,旧ソ連屈指の名手オイストラフの『ソナタ』と『ツィガーヌ』を併録した本盤などは,好個の例。最初の2品が1979年,1968年にチェコ放送スタジオで記録された以外は全て録音場所も不明ながら,録音年は各々1967年,1966年,1957年。出てきた経緯から拝察するに,スーク及びオイストラフが東欧を楽遊した際に,チェコ界隈で吹き込まれていたものでしょう。確かに3曲目以降は録音環境に難が見受けられ,細部に粗っぽいところが垣間見えるのも事実。それでもいずれ劣らぬ名匠だけに,演奏秀抜。鼈甲肌の美音と,優美でいながら引き締まった音色を駆使する薫り高いスークに,深い立体感と豊かな含蓄を備えた古老の語り口が耳を惹くオイストラフ。ハスキーな音色にジゴロの遊び心を秘め,軽やかで優美に歌うパリ楽壇に比べると,東欧勢による本盤の演奏は佇まいも強面で,洒落っ気もやや控えめですけれど,各々の持ち味で見事に透徹している。優美な歌心を見せるスークの『遺作』や,厳しい趣の中にも,ジプシー踊りの妖しく軽やかなエキゾチズムを垣間見せるオイストラフの『ツィガーヌ』など,最上級の評価を与えられて然るべきです。ちなみに本盤,1994年に一度発売されていたらしく,2度目の再発。そのお陰か値段も安価です。これから上記いずれかの曲を聴こうという貴方!下手な大手レーベルのCCCDで,フニャついた演奏の高額盤を買うくらいなら断固こちらをお求めなされ。決して後悔することはないと保証します。

★★★☆
"Sonate Posthume / Sonate / Kaddish / Tzigane / Habanera / Berceuse sur le nom de Gabriel Fauré"(Harmonia Mundi : HMC 901364)
Régis Pasquier (violin) Brigitte Engerer (piano)
ラヴェルの残した2つのヴァイオリン・ソナタが両方楽しめ,しかも滅多に演奏機会のない瀟洒な小品『フォーレの名による子守歌』が聴けるこのCD,演奏陣も素晴らしい手練れです。ヴァイオリンのパスキエは僅か12才でパリ高等音楽院のヴァイオリン部門で一等を得た元神童。その後,同じく高名な兄弟3人でパスキエ三重奏団を結成して活動。ヴァロワに素晴らしいシュミットの器楽作品集を録音してくれました。ブリジット女史も15才でパリ高等音楽院一等。その後ロン,チャイコフスキ,エリザベス国際で優勝した名手です。2人はともにニュー・ヨークとゆかりが深いので,その辺りが邂逅地でしょうか。こちらの演奏はカントロフ盤とは好対照。熱情を帯びたカントロフに対し,遅めのテンポで情感を込めずにさらりと弾かれ,作品への醒めた視線が印象的な演奏です。個人的には余りにあっさりとしていて,淡泊かつ扁平に聞こえます。少し物足りない気がするのですが...(演奏時間;17:13)。
 (評点は『遺作』のみに対するものです。)

(2002. 5. 15 updated / Revised: 2005. 2. 20 USW)






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