★★★★★ |
Jeux d'eau / Gaspard de la Nuit / Miroirs" (Berlin Classics : 0032252BC)
Cécile Ousset (piano)
セシル・ウーセは1936年生まれのフランスの名女流。パリ音楽院一等という素晴らしいキャリアの割に,今ひとつ日本で人気がないのは木の実ナナに似てるからでしょうか。このラヴェルは良く知られているドビュッシーよりさらに前の1972年に録音されたもので,まだ30代半ばと,彼女が最も輝いていた頃のもの。それだけに中身は強烈無比,聴いて吃驚の大名盤でした。特に『水の戯れ』は出色で,過去の数多の名演と比べても遜色ないレベルだと思います。とにもかくにも弱音が美しい。細部のアルペジオが軽やかで良く力が抜け,実にみずみずしいために,『水の戯れ』など,5分40秒台の速いテンポでルバートに頼らぬ原典忠実型の演奏でありながら,まるで一本調子な感じを与えません(これはかなり凄いことなのです)。さらに休符のセンスが秀抜。前述『水の戯れ』は勿論,白眉の『鏡』は,才気闊達な当時の彼女の独壇場です。異常な高速運指を利し,現代音楽的効果を狙う大胆な休符を置いた冒頭の『蛾』など,その効果を最大限にすべく,あまりに運指のテンポを上げたせいで細部に音符の摩滅が見られないといえば嘘になるのも事実。しかし,それを承知で,敢えてこの冒険的な演奏に取り組んだ心意気とセンスの良さには脱帽するしかありません。これで1400円は罪作りすぎます。最上級の賛辞に値する名演奏,甲種お薦め。 |
★★★★☆ |
"Miroirs
/ Gaspard de la Nuit / Le Tombeau de Couperin" (Forlane : UCD 16737)
Abdel Rahman El Bacha
(piano)
ピアノのアブデル・ラハマン・エル・バシャは1958年生まれ,ベイルート出身のピアニスト。日本では全く知られていませんが,パリ音楽院に進んでマルグリット・ロン,ジャック・フェヴリエにも師事した経験を持ち,卒業時には4科でプルミエ・プリを獲得。さらに1978年にはエリザベス国際コンクールに入賞し,同時に観客によるオーディエンス賞を獲得した人物。ここまで書けばそのフランス度の高さもお分かり頂けようかと思います。フランスものにも関心を示し,このレーベルには他に,ロワール管を従えたラヴェルの『ピアノ協奏曲』の録音もあります。この録音は,減点法ではなく加点法で聴いていただきたい。ピアノの持つ打楽器的効果を生かし,無機的な色彩を強調。メシアンさながらに極めて現代的,極めて斬新な解釈センスが光る演奏となっており,暖かさや甘美さを極限まで排して,この曲が本来持っていた,実験的な効果を最大限に引き出した,稀に見る秀演だと思います。ちょうどブレーズが指揮棒を執った『シェヘラザード』や『ステファン・マラルメの3つの詩』をご存じの方は,他の演奏とあの演奏との間の巨大な落差を想像していただけると良いです。 |
★★★★☆ |
"Menuet Antique / Pavane / Jeux d'eau / Sonatine / Miroir / Gaspard
de la Nuit / Menet sur le Nom de Haydn / Prélude / Valses / Le Tombeau
de Couperin / Le Deux Concertos" (Accord : 4767906)
Jean Doyen (p) Jean Fournet (cond) Orchestre des Concerts Lamoureux
残念なことに教育者としての活動にご熱心だったドワイヨンは録音も多くなく,仏近代ファンの耳で愉しめそうなまとまった録音は,フォレとラヴェルくらいしか記憶にありません。そんな彼が,ラヴェルにだけは殊の外御執心で,まとまった録音を遺してくださったのは僥倖でした。本盤は2005年に日本ユニバーサルが企画したコンピ盤で,1960年にスコラ・カントールムで行った独奏曲録音と,1954年にフルネ指揮ラムルーを迎えて演奏した2つの協奏曲を併録。前者は確かエラート原盤,後者はフィリップス原盤で,以前CD化もされていたものですが,ドワイヨンのラヴェルとして全集化すべく,わざわざこの廉価盤のために持ってくる作りは良心的じゃないでしょうか。彼のラヴェルは,安易なペダルやテンポ崩しに寄り掛からない硬派な演奏姿勢と,恐らくは使用しているピアノのせいもあるであろう,ゴツゴツとした風合いが印象的。古き良き時代を強く感じさせるラヴェルです。フワフワ浮遊する洒落た雰囲気の希薄な,がちっと固まった演奏は,同じ時代に活躍したフェヴリエやペルルミュテルにも通じます。なにぶん半世紀前。粒の不均質さはやや目立ちますし,武骨なパヴァーヌや挑み掛かるようなガスパールも,現代の演奏に慣れた向きには違和感があるかも知れません。しかし彼のラヴェルには,現代のナヨっちい演奏家にはない,決定的なものが存在する。それは,ひとつひとつの音型に込められる明確な意志。演奏が硬いか柔らかいかは嗜好の問題で片づきますけれど,解釈に一貫性や透徹性があるかどうかは極めてフェータル。特に擬古典的な『ソナチヌ〜アニメ』は,この美点が最大限に生きた,まさしく理想の演奏。感嘆するしかありません。合うのかなと心配だった『鏡』も,かっちりと曲の相貌を捉えた譜読みの確かさと,ペダルに逃げない男気に快哉。値段を考えれば充分に元が取れる。特にラヴェルを弾こうと志すピアノ弾きの方は,こういう演奏から多くを学ぶべきでしょう。 |
★★★★ |
Piano
Works "Gaspard de la Nuit / Valses Nobles et Sentimentales / Jeux
d'eau / Miroirs / Sonatine / Le Tombeau de Couperin / Prélude /
Menuet sur le Nom d'Haydn / A la Manière de... / Menuet Antique
/ Pavane pour une Infante Défunte / Ma Mère l'oye" (London
: 440 836-2)
Pascal Rogé
(piano)
フランス音楽界の貴公子,ロジェは,さらさらと伸びた(若き日のクレイダーマンみたいな)髪がイカニモ女性受けしそうな,日本では人気の高いピアニストです。技量も闊達で,上手だとは思いますし,本人も自信がおありなのか,ドビュッシーとラヴェルは1970年代後半から1982年までに早々と録音してしまいました。しかし,小生は,どうもこの人のソロでの演奏には余り感心できない。時折きらりと光るセンスはあるのですが,何というか,いつもそのキラリと光らせ方のピントが少しずれており,本当は教条的な演奏の優等生でありながら,無理に洒落者を気取ってしまう気障な場違い感が気になります。田舎出身のあっしのような人間が,無理に「〜じゃん」と東京言葉を使っているような演奏とでも言うのでしょうか(謎)。その割に,肝心の所でペダルを多用して逃げる悪い習性があるのは難点。この選集でも『クープランの墓』は悪いところが存分に出た醜悪な演奏です。しかし一転『鏡』は,彼の持つシャープで若々しい曲(特にリズムの)解釈とテクニックが,全て良い方に働いた秀演。おそらく彼のラヴェルでは最も出来が良い演奏じゃないかと思います。 |
★★★★ |
"The Complete Piano Music" (Hyperion : CDA67341/2)
Angela Hewitt (piano)
ソリストはオタワ音楽院でジャン=ポール・セヴィラに師事し,1985年のトロント・バッハ国際で優勝して一躍脚光を浴びた新鋭。バロック出身らしく作品の音符構造を忠実に踏まえた,極めて見通しの良い平明な曲解釈は,一歩間違うと皮相的な演奏に陥る危険と隣り合わせですが,彼女の最大の美点は,徹底した譜面の読み込みにより,北米大陸出身者である自らの生得的な平明さを巧みにカバーしている点に尽きるでしょう。これは同じく透徹した作品の読み込みによって支えられたフセイン・セルメのラヴェルや,実直な曲解釈と人柄の滲むデリカシーに満ちた打鍵で印象を残すマルティノ・ティリモに通じる,極めてプロ意識の強い演奏だと思います。磨かれた技量を持つプロの演奏家が丹精込めた,緻密な鍛造の行き届いているラヴェルであり,その点で「負けない横綱」タイプの極めて現代的なラヴェルです。この『鏡』は多分,録音も含めた総合点で行くと一番薦めやすいんじゃないでしょうか。メシアンを思わせる深遠な世界を引き出して見せたエル・バシャなどに比べると,だいぶ深みには乏しいですが,技術的には上だし解釈も崩れない。ロジェより数段録音が素晴らしいのも強みです。女性らしい滑らかなアルペジオの活きる『海原の小舟』あたりが,一番ポイント高いかな? |
★★★☆ |
"L'oeuvre pour Piano" (Mandala : MAN 4807/08)
Dominique Merlet (piano)
独奏者はボルドーの生まれ。ロジェ=デュカス,ナディア・ブーランジェに就き,パリ音楽院のピアノ独奏および伴奏,室内楽で一等。その後,1957年のジェネバ国際コンクールで優勝して知られるようになりました。このレーベルには,師匠ロジェ=デュカスのピアノ作品集も録音していますが,彼の本業はむしろパリ音楽院教授としてのもの。実力の割に録音を目にしないのは,ひとえに後進の育成へ情熱を注いだ彼の人生哲学のあらわれでしょう。こちらはまとまった録音の少ない彼としては珍しいラヴェルのピアノ作品集。2枚組の大部で,連弾のマ・メール・ロワ以外をまとめて聴けます。演奏は,一言で言えばいかにも教育者だなあ,という印象。ペダリングや運指などは誤魔化しなく,しっかり弾かれていて実に明晰。技術的には文句なく一流の域にあるでしょう。反面,難解な文献でも読み下しているかのようにその表情は硬く,細やかに移ろう情緒やデリケートな心模様は,演奏を完成する際のバイアスとして排されている。「べき論」で固めた教条的な筆致により全編を貫かれたものです。こんなガチガチの演奏家に,夜の幻想絵巻のような『鏡』なんて合うのかと思ってしまいますけれど,意外にも悪くない。くっきり明晰な打鍵の輪郭と,硬直してはいながらも襟の整った端正なリズム解釈が,破綻の少ない演奏に結びつきます。特にアクセント処理絶妙な「道化師」の読み込みには脱帽しました。反面,「蛾」で覆いようもなく現れる運指の摩滅と,同型リズムの反復が一本調子に響き,彼の教条性を露呈させてしまう「鐘の谷」は惜しいですねえ。 |
(評点は『鏡』だけのものです)