序奏とアレグロ
Introduction et Allegro pour Harpe, Flûte, Clarinette et Quatuor à Cordes


「・・ハープのために書いた小品についてですが,正確にいうとあれは管弦楽のための曲ではありません。
楽器は全部で7つですが,人数を2倍,3倍にすることで編成を変えることが可能です。
そして実際,幾つかのソロを除けば,この編成にする方が原曲よりも良いかも知れません。
知る限り,2つの『舞曲』以外で,ドビュッシーにこの編成で書いた曲はないでしょう。
ビュッセルの編曲した『小組曲』も,小管弦楽編成ではなかったはずです」


アンゲルブレシュト宛書簡(1911年2月26日)




概説 :
1905年の6月初旬,ラヴェルはエドゥアール(Alfred and Misia Edwards)家から,彼らのヨット『エーメ号(Aimée)』で休暇の誘いを受けた。彼はこれに応じ,ベルギー,オランダ,ドイツを水路沿いに歴訪する船旅を楽しんでいる*。この旅行で,ラヴェルはレンブラントやベラスケスの絵画に触れ,オランダでは風車や動物園,水族館を眺め,ドイツとベルギーでは最先端の工業地帯に驚き,多くの刺激を受けることになった。『序奏とアレグロ』はエラール社から委嘱されたハープのための作品で,「出発前に八日間ぶっ続けで仕事をし,さらに三晩徹夜をしてとにかく仕上げました」(ジャン・マルノール宛書簡:1905年6月11日付)と述べているとおり,この旅行に出る直前,極めて短期間に作曲された(結局,この作品を完成させるために,ラヴェルは船の出発に乗り遅れている**)。

ラヴェルの作品としてはマイナーな部類に属し,演奏機会も多くないが,上昇4度・5度を用いた主題の変形,強固な対位法とポリリズムなど,素っ気ない題名に比して極めて技巧的に優れた作品とされる。しかし上記のような作曲の経緯からか,ラヴェル自身はこの作品について,『自伝的素描』では一切触れていない。作品は,この曲を委嘱したエラール社(ハープ,ピアノの製造会社)社長のアルベール・ブロンデル(Albert Blondel)に献呈されている。

自筆譜は,ハープと室内楽合奏版(全20頁)がテキサス大学オースチン校人文科学研究センター蔵(ハープ譜を独立させたものも併存,14頁)。ピアノ版(全12頁)はアレクサンドル・タヴェルヌ夫人私蔵。




注 記

*
この船旅の期間ラヴェルは,手紙に押す署名として,普段手紙に用いている自分のイニシャルをあしらった組文字ではなく,ヨットの旗の中にイニシャルをあしらったデザインを用いている(組文字の中の M. E. はミシャ・エドアール Misia Edwards の略号)。同じ意匠は間もなく,彼の便箋や楽譜でも登場することになる(右参照)。


** 出発の際のいきさつについてはLarner(1996)に詳しい。出発当日,ラヴェルはぎりぎりまで根を詰めて作曲をしていたばかりでなく,豪華なヨットの船旅であることを考えて旅装に気を配りすぎ,出発時間に遅れてしまう。幸いソワゾン(Soisson)の道路から何とか土手づたいに乗り込むことができた。しかし,慌てていたラヴェルはこの時,出がけに寄った店のカウンターへ,書いたばかりの『序奏とアレグロ』の自筆稿を置き忘れてしまったという。幸い,店主が音楽に造詣のある愛好家だったこともあり,破棄や盗難は免れた(Larner 1996; p. 86)。

乗船時の
組文字

ラヴェルの手紙
内が普段の組文字)
Reference
ニコルス, R. 渋谷訳. 1987. 「ラヴェル−その生涯と作品」泰流社.
James, B. 1983. Ravel: his life and times. Kent, UK: Midas Books.
Larner, G. 1996. Maurice Ravel. London: Phaidon.
Orenstein, A. 2003 (1990). A Ravel reader: correspondence, articles, interviews. New York: Dover Publications, 653p.
Orenstein, A. 1991 (1975). Ravel: man and musician. New York: Dover Publications, pp. 45-46 / p. 226.




作曲・出版年 ■ハープと室内楽版:1905年 6月。出版は1906年,デュラン社,委嘱エラール社。
■2台ピアノ版:出版1906年,デュラン社。
編成 ハープ,フルート,クラリネット,弦楽四重奏(※2台ピアノ版もあり)
演奏時間 約11分
初演 1907年 2月22日,フランス写真協会ホール。シャルル・ドメルグ(指揮),ミシュラン・カーン(ハープ),フィリップ・ゴベール(フルート),M. ピカール(クラリネット,イニシャルの詳細は不明),フィルマン・トゥーシュ四重奏団。
推薦盤

★★★★★
"Musique de Chambre pour Harpe :
Introduction et Allegro (Ravel) / Danses (Debussy) / Conte Fantastique (Caplet) / Quintette (Cras)" (Auvidis Valois: V 4739)

Michel Moragues (fl) Pascal Moragues (cl) Dominique Desjardins (b) Isabelle Moretti (hrp) Quatuor Parisii
容姿端麗にして現代ハープ界最強の技量の持ち主イサベル・モレッティ。パリジイ四重奏団以下,現代フランスを代表する名手を迎えた豪華メンバーによる本ヴァロワ盤は,あまり演奏が多いとは言えない『序奏とアレグロ』を聴くのにまたとない一枚。この曲の決定版といえる素晴らしい演奏です。ラヴェルはこの『序奏とアレグロ』ただ一曲しか入っていませんが,同曲は11分を超える大作なので,聴きごたえは満点。さらにカップリング曲にはドビュッシーの『神聖な舞曲と世俗的な舞曲』の編曲版を始め,滅多に聴けないジャン・クラ至高の傑作『五重奏曲』など通をもうならす曲が並ぶ。オムニバス風のごった煮盤は嫌いな小生も,この盤に関しては例外。とにかく印象派の雰囲気を味わってみようと言う方から『序奏とアレグロ』の決定盤をお探しのマニアックな方まで,幅広くお薦めできる作品です(演奏時間 11:13)。

★★★★☆
"Introduction et Allegro / Trio en La mineur / Sonate Violon et Piano / Sonate Violon et Violoncelle" (Calliope : CAL 9822)
Marie-Claire Jamet (hrp) Christian Larde (fl) Guy Deplus (cl) Herve Le Floch, Yvon Carracilly, Pierre Hofer, Karl Heinrich von Stumppff (vln) Colette Lequien (vla) Pierre Degenne, Klaus Heitz, Christoph Killan (vc) Henri Barda (p)
パラスキベスコの名演奏でお馴染み,仏カリオペに残された極上演奏。シュミット『ロカイユ趣味の曲』の録音で印象主義ファンにもちょっとは名前の売れているマリー・クレール・ジャメが参加しています。演奏陣はいずれもマイナー。唯一少しばかり名前を仄聞したことがあるのはピアノのアンリ・バルダくらい。エジプト出身で,カイロ音楽院を出た後,16才でパリへ出た異色の経歴の持ち主です。後はパリ音楽院管弦楽団に在籍していたイヴォン・カラシリーくらいではないでしょうか。しかし,演奏は無名陣とは思えぬ良さ。完璧な仕上がりのモレッティ盤に比べると,少しハープの表情が硬く,弦がハスキーであるなど,演奏には人間臭さが滲み出ています。1970年代の録音なためでしょうか。良くも悪くも現代のクールな演奏の多い現代のものと比べると味わい深い。「匂い立つような」,「薫り高い」の表現の似合うフランス的な暖かみと滑らかな艶気があります。フランスらしい瀟洒さに富んだ,古き良き香り際立つ演奏です。(演奏時間 11:00)。

★★★★☆
"Introduction et Allegro (Ravel) Conte Fantastique / Deux Divertissements (Caplet) Sonate pour Flûte, Alto et Harpe (Debussy)" (Claves : CD 50-280)
Ursula Holliger (hrp) Peter-Lukas Graf (fl) Serge Collot (vla) Hans Rudolf Stalder (cl) Die Kammermusiker Zürich
ハープという楽器が,近代作家の注目の的になったのは意外に最近のことで,1894年にプレイエル社が製造したクロマティック・ハープの登場が嚆矢となりました。弦を増やして半音階を容易に演奏できるようになったこのハープにより,ハープの持つポテンシャルは飛躍的に高められたのでした。こうなれば,もともとアルカイックで得難い音色を持つ楽器のことです。幾らでも典雅な効果を期待できる。程なく,新しい世代の作曲家は,競ってこの楽器から新しい音色を引き出す試みを始めます。近代フランスのハープ作品と言われて,すぐにピエルネやトゥルニエらの名前が思い浮かぶ反面,いわゆる旧態然とした作家たちの中に,すぐ思いつくハープ作品がない事実。面白いと思いませんか?この楽器は当時,新旧世代を分ける分水嶺の役割すら果たしていたわけです。本CDは,そんな新世代を代表した三人の作曲家のハープ作品を集めた選集。バーゼル及びブリュッセル音楽院で学んだ美貌のハーピスト,ウルスラ・ホリガー女史を始め,スイス楽壇の演奏陣が集まって制作したフランス室内楽曲選(パリ出身のセルジュ・コローのみ例外。彼はパレナン四重奏団の一員です)。出自からでしょうか。仏楽壇の横綱盤であるキャンブレリングやモレッティの盤に比べると,匂い立つような香気や柔和なふくよかさはなく,表情は硬め。ハープの力量もモレッティらに比べ落ちると思いますけれど,尺八のように深みのある音色を備え,力感に富んでいながら,しなやかで品のあるフルートは出色の出来。細部を疎かにせず丁寧に整えていくカッチリとした律儀な佇まいは,本演ならではの美点だと思います。欲を言えばチューリヒ室内奏団のヴァイオリン。僅かに不安定なのが残念です(演奏時間:10:54)。

★★★★
"Quatuor à Cordes / Introduction et Allegro (Ravel) Quatuor à Cordes, op.10 (Debussy)" (Erato : WE807)
Lily Laskine (hrp) Alain Marion (fl) Jacques Lancelot (cl) Quatuor Via Nova
いつも一緒のドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏に,ラヴェルの『序奏とアレグロ』をカップリングした本盤は,結団後間もなかったヴィア・ノヴァ四重奏団の初期録音。とはいえ,ドビュッシーを入れた1970年当時のメンバー(エルヴェ・ル・フロシュ,ジェラール・コセ,ルネ・ベネデッティ)は,第一ヴァイオリンのジャン・ムイエールを除いて全員入れ替わり,トゥルーズ室内のコンサートマスターになるアラン・モグリア,シュミットの室内楽でもお馴染みロラン・ピドゥが新メンバーに加わり,もう実質別のカルテット。現在でもその状況には大きな変化がなく,実質上は第一ヴァイオリンのムイエール氏が主導権を握ったアンサンブルなのでしょう。彼らの演奏流儀はいかにもフランス人。グリサンドで抑揚をたっぷりと利かせながら,主旋律の大半をスラー気味に弾き,艶めかしい嬌態と流れるようなフォルムを作り出そうとする。細部の正確な描出よりも,全体像から漂う豊かな香気を重視した演奏といえましょう。ラヴェルは1969年,ドビュッシーは1974年と,今から四半世紀以上前の録音。細部のピッチや音符にはちょこっと首を傾げるところもありますけれど,現代のアンサンブルにはない,セピア色の暖かい香りがまだ残る演奏は得難いものがあり,古典的な名録音のひとつには違いありません。彼らの『序奏とアレグロ』はあまり期待していませんでしたが,仏人気質溢れる情感移入の妙と,現代に比べかっちりとした演奏上の教条が好ましく噛み合い,驚くほど雰囲気の良い演奏に仕上げていて快哉を叫びました。ただ,残念ながら女帝ラスキーヌさんのハープがどうも・・。彼女ほどのビッグネームにまさか・・とは思うんですけど,何だか微妙に音程狂ってません?録音のせいですかねえ?技術的には完璧ながら,微妙に狂ったハープの音が(特にユニゾン時に)気になるのは残念です。まあ,「味がある」といえばそれで済ませられないこともない程度ではあるのですが・・。(演奏時間:10:50)
(評点は『序奏とアレグロ』一曲のものです)
(2001. 9. 16 upload / Revised 2005. 3. 31 USW)






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