クープランの墓
Le Tombeau de Couperin


「この曲は,クープラン個人というよりも
十八世紀のフランス音楽全体に捧げられた讃歌である」


『自伝的素描』の一節



曲目 :
@ 前奏曲 prélude - vif (ジャック・シャルロ中尉を偲んで)
A フーガ fugue - allegro moderato (ジャン・クリュッピ少尉を偲んで)
B フォルラーヌ forlane - allegro (ガブリエル・デュリュック中尉を偲んで)
C リゴードン rigaudon - assez vif (ピエールとパスカル・ゴーダン兄弟を偲んで)
D メヌエット menuet - allegro moderato (ジャン・ドレフュスを偲んで)
E トッカータ toccata - vif (ジョセフ・ドゥ・マルリアーヴ大尉を偲んで)

 (全6曲)




概説 :

1914年に着手され,1917年に完成。クラヴサン音楽の大家として高名なクープラン(François Couperin-le-Grand: 1668-1733:右肖像)の名前を冠し,17世紀から18世紀の舞踊曲の音楽形式を踏襲した擬古典的な形式で作曲された。
この作品が作曲された時期は,ラヴェルが第一次大戦に従軍したその時期を間に挟んでいる。愛国心に燃えたラヴェルは1916年3月14日にトラック運転手として従軍,赤痢に罹患し(9月),戦地を離れる1917年6月まで,ヴェルダン戦線の補給部隊に配属され,多くの友人の死を間近に見ることになった。またこの時期は,最愛の母を失い失意の底にあった時機とも重なっている。無神論者であり,死は全ての終わりだと考えていたラヴェルにとって,友人や肉親の死を通じて,最も死が身近に感じられた時期であったといえよう。
全体は6曲からなるが,各曲にはそれぞれ,戦争で散華した彼の友人たちの名前が刻されている。これは,音楽家を追悼する際に,1曲を献じるという18世紀の習慣に倣ったものであり,18世紀古典音楽への讃歌の形を借りた,ラヴェルらしい婉曲的な表現による鎮魂歌と見なすことも可能である。なお,出版にあたってはラヴェル自身が筆をとり,表装を描いた(右図)。
この作品は1918年に出版後,フーガとトッカータを除く4曲が管弦楽配置され,ルネ=バトンの指揮で1920年2月に初演された
*。その後,前奏曲をさらに除いた3曲が,1920年11月8日にスウェーデン・バレエ団によりバレエ音楽として初演されている。この初演は167回連続となるほど大きな成功を収め,1923年にシャンゼリゼ劇場で行われた100回記念公演では,作曲者自身も指揮を担当している(Seroff 1953)。

ラヴェルの描いた表装

クープランの肖像



注 記

* 【調査報告】:ラヴェルがなぜ管弦楽版を4曲,バレエ版を3曲しか編曲していないのかについて,ズッキーニ氏よりお尋ねいただき,調査しました(2005. 1. 24)。諸説紛々ですが,当館としての解答は今のところ以下の通りです。
Larner(1996)には「リヨン=ラ=フォレ(Lyon-la-forêt)に6月に到着した頃,すでにフォルラーヌは完成し,恐らくリゴードンとメヌエットも仕上げの段階に入っていたようだ。出版社へ経過を知らせることになっていた2週間後までには,彼はこの3曲を片づけ仰せることができていた(disposed)。続いて,彼は残る舞踏形式ではない三品に取りかかったと思われる(he would then have turned to the non-dance movements)。・・この三品について驚くべきは,哀しみを露わにするところも,その反対に悦びを示すところもまるでないことである。」という記述があります(抄訳)。以下,この三品がいわゆる擬古典的な書法を踏襲しているとの解説が続きます(pp.162-163)
以上のことから,実際の作曲経過も,形式の上でも,この舞踏よりの三品とそうでない三品が分けて書かれているということになります。書いた場所も違います(前の三品はサン・ジャン・ド・リューズ)。少なくともラヴェル自身が,場所もタイミングも別に分けて書いていることから,舞踏形式かどうかを作曲者が当初から意識していた可能性が最も高いと思われます。Seroff(1953)によると,最終的にこの曲はバレエ版になり,所与の目的を達成,公演が大成功したとあるため,あるいは当初からバレエ版を作る意図があった可能性も残ります。現在,Larnerの記述を裏付けるような文言が書簡集にあるかを調査中です(2005. 2. 25 USW)。



【追加報告:2005. 2. 25 USW】
ロラン=マニュエル宛書簡(1914年10月1日)で彼が近況を報告しているのですが,その中にこんな言葉がありました:
「(最近書いている物として・・)『フランス組曲』−いや,これは君が考えてるようないわゆるフランス組曲とは違うよ。『ラ・マルセイエーズ』は入ってないし。代わりに『フォルラーヌ』と『ジーグ』が入るはず。タンゴなんて入らないよ,もちろん」。・・この作品は結局実現しなかったんですが,面白いのは:
@ この「フォルラーヌ」が,クープランの墓の「フォルラーヌ」に落ち着いたこと,
A 「ジーグ」はというと,これが「ラ・ヴァルス」に転用されていること,
B 「タンゴなんて入ってないよ」というのは作曲者一流の皮肉であること。実はこの当時,パリで新しい民謡舞踏が流行りだし,これを見たパリの大司教が「なんと破廉恥な」と怒ったのを,ラヴェルは皮肉っている。
ということです。この書簡はラヴェルが応召する前の話。いっぽう『クープランの墓』が実際に書き上がるのは応召した後の1917年6月(から11月)。つまり,間に戦争を挟み,母の死を挟んだことで,最初に考えていた『フランス組曲』の気分はすっかり変わってしまい,最初はそんなつもりで書かなかった「フォルラーヌ」についても,いつの間にかドリュック中尉を偲ぶ曲に変わってしまった・・,と考えられます。
ここから先は今のところ推測の域を出ませんが,Larnerの記述(まだ書簡集からは信憑性を未確認)が正しいとすると,最初ラヴェルは『フランス組曲』の乗りで,風刺画的な舞曲を構想していたのではないでしょうか。ただし,この場合は「バレエにするかも」とは思っていても,スウェーデン・バレエに演奏して貰うとか,委託された可能性はまずなくなります。しかし,戦争を挟んで思いがけず死を沢山見てしまい,構想は大幅に見直された。「墓」の標題や「追悼」曲である割に,それらしい匂いがあの曲からまるでしないのも,これで説明が付きます(ラヴェルが最初からその気になったら,もっと「悲しい鳥」や「パヴァーヌ」みたいにもできたはず)。その後,バレエ話が持ち上がったとき,6曲のうち,戦争体験を経る前の三曲(四曲)を編曲した・・。この説であれば「なぜ作り直さなかったのか?」の理由も「除隊を余儀なくされるほど体調不良の彼には,新曲を6つも書くなど無理だった」(これは書簡で確認可能)ことで説明できます。この件に関しては調査続行中ですが,何かご存じの方がありましたら,ぜひ情報をお寄せください(2005. 2. 25 USW)。



Reference
ジャンケレヴィッチ, V.・福田達夫訳. 1970. 「ラヴェル」. 東京: 白水社 284p. {Jankelevitch, V. 1956. Ravel. Paris : Seuil. 188 p.}
シュトゥッケンシュミット, H.H.・岩淵達治訳. 1983. 「モリス・ラヴェル : その生涯と作品」. 東京: 音楽之友社, 333+93p. {Stuckenschmidt, H.H. 1976. Maurice Ravel: Variationen uber Person und Werk. Frankfurt am Main : Suhrkamp, 380p.}
ジョルダン=モランジュ, H. ・ペルルミュテール, V.・前川幸子訳. 1970. 「ラヴェルのピアノ曲」. 東京: 音楽之友社, 102p. {Jourdan-Morhange, H. and Perlemuter, V. 1953. Ravel d'après Ravel. Aix-en-Provence: Alinea}
ニコルス, R. 1987. 「ラヴェル」. 東京・泰流社, 278+24p. {Nicols, R. 1977. Ravel. London: Dent &Sons, 199p.}.
Larner, G. 1996. Maurice Ravel. London: Phaidon, 240p.
Petit, P. 1970. Ravel. Classiques Hachette, pp. 54-57.
Nichols, R. 1987. Ravel remembered. New York - London : Norton, 203p.
Orenstein, A. 2003 (1990). A Ravel reader: correspondence, articles, interviews. New York: Dover Publications, 653p.
Orenstein, A. 1991 (1975). Ravel: man and musician. New York: Dover Publications, 293p.
Seroff, V.I. 1953. Maurice Ravel. NY: Henry Holt & Company, 305p.



作曲・出版年 作曲年: 1914年7月(戦争による中断を経て),1917年の6〜11月。管弦楽配置版は1919年6月。
出版: 1918年,デュラン社。管弦楽譜の初版は1919年,デュラン社。
編成 ピアノ独奏(管弦楽への編曲版もあり)
演奏時間 @約3分,A約4分,B約5分,C約3分,D約5分,E約4分
初演 ■独奏版: 1919年4月10日,ガヴォー・ホール(Salle Gaveau)。マルグリット・ロン(ピアノ)
■管弦楽版: 1920年2月28日,パドルー管弦楽団定期演奏会。ルネ・バトン(指揮)パドルー管弦楽団。
■バレエ版: 1920年11月8日,シャンゼリゼ劇場。デジレ=エミーユ・アンゲルブレシュト(指揮)シャンゼリゼ劇場管弦楽団,スウェーデン・バレエ団。
推薦盤

★★★★★
"L'oeuvre pour Piano :
Pavane pour une Infante Défunte / Sonatine / Le Tombeau de Couperin / Gaspard de la Nuit / Jeux d'eau / Menuet Antique"
(EMI: TOCE-7082)

Samson François (piano)
戦後フランスが生んだ天才ピアニスト,フランソワは,晩年にラヴェルとドビュッシーのピアノ曲を連続録音します。このうちドビュッシーは,亡くなる僅か二,三年前から録音を始め,結局彼の死去によって完成を見ぬままに終わってしまいました。彼はそのドビュッシーの名手としても名高いのですが,死期の近いその演奏にはかなりムラも多いのが実情です。しかし,このラヴェルのほうは素晴らしい。1960年代の前半を中心に録音されたため,当時のフランソワはまだ演奏家として脂の乗った時期でした。この『クープラン』は他に類を見ないほど大きく,自由な振幅を持ち,霊的な閃きと熱情に溢れた,絶頂期のフランソワならではの熱演。巨匠の至芸を余すところなく伝えた金字塔とも言うべきものです。こういう名盤がちゃんと評価され,いつも簡単に手の届くところにあるクラシック業界,ジャズ・ファンにはほとほと,羨ましい限り。なお,ここで紹介したのは抜粋盤ですが,全集もあります。

★★★★☆
Vlado Perlemuter Plays Ravel :
"Gaspard de la Nuit / Jeux d'eau / Menuet / Miroirs / Menuet Antique / Piano Concerto for Left Hand / Piano Concerto / Le Tombeau de Couperin / Pavane pour une Infante Défunte / Sonatine / Prélude / Valses Nobles et Sentimentales"
(Vox : CDX 2 5507)

Vlado Perlemuter (p) Jascha Horenstein (cond) Concerts Colonne Orchestra
リトアニア出身のペルルミュテルは,3才でパリに移り,パリ音楽院でコルトーに師事し,のちに同院の教授にも就任したピアニスト。ラヴェルとも深い親交があった人物です。ラヴェル作品集も2度に渡って録音しています。一般に知られており,批評家筋でも2枚目以降の穴盤として紹介されるのは,彼が最晩年に吹き込んだニンバス盤のほうですが,同盤は技巧の衰え著しく,誉められた出来とはいえません。あれを聴いて,ペルルミュテルなんて大したことねぇな,と思ったファンが,存外多いのではと小生は危惧します(ここでも,印象派を片手間にしか聴かない批評家の責任は大と申し上げねばなりません)。ペルルミュテルの真価を知るには,ぜひ1955年録音の,最初のラヴェル録音を入手してください。巨躯に似合わぬ,丸みを帯びた軽やかなアルペジオが織りなす彼のラヴェルは軽妙無垢かつデリケート。モノラル録音のハンデを超えて,古き好きフランスの香りを醸し出したものです。わけても『ソナチヌ』と『クープランの墓』は,彼の持ち味が最も良く生きた名演中の名演。この真正盤で彼の真価を知っていただきたい。

★★★★☆
"L'Oeuvre de Piano (with Six Epigraphes Antiques)" (Calliope : CAL 3824.5)
Jacques Rouvier (piano)
このCDの音源は1973年のもので,今ではすっかり仏近代ものの名手として有名になったルヴィエの名を一躍知らしめた名録音。パラスキベスコのドビュッシーに続きカリオペさん,復活してくれました(全集となってますけど・・当然『グロテスク』が入ってない,当時の全集です)。録音のせいもあるでしょうが,ピアノの音が実に柔らかい。『マ・メール・ロワ』で連弾しているパラスキベスコがベーゼンドルファー好きなので,あるいはそのせいかも知れません。非常に良く力の抜けた軽いタッチで,しかし細かいパッセージの粒立ちもクリアー。全体にテンポはやや遅めに取り,連弾しているパラスキベスコ似の清明な情感表現と,細部を疎かにしない落ち着きのある演奏が素晴らしいと思います。奇を衒った個性的な解釈は少なく,後年のドビュッシーに聴ける明晰でシャープなところも意外なほどに希薄。『パヴァーヌ』はそれが災いして素っ気なさ過ぎるきらいがありますし,極めてデリケートな『水の戯れ』も,人によっては大人しすぎると感じるかも知れません。また,曲によってはピアノの特性でしょうか。低域の音のくすみが気になる(ペダルを踏みっぱなしの時)のも事実ですけれど,慎重に吟味された曲解釈には破綻がなく,安定感は高い。擬古典的な『クープランの墓』や『ソナチヌ』,『・・風に』は,ころころと快く転がるソフトで実直な運指が実に良く馴染み,趣味の良い演奏を作っているんじゃないでしょうか。特に趣味人二人の豪華共演する『・・ロワ』の無垢な響きには参りました(テンポ取りや情感表現に疑問符はつきますけれど)。もう少し遊びや覇気があっても良かった気はしますが,これはこれで,かつてのペルルミュテルやギーゼキングに通じる,古き良きスタイルを程良く踏襲した演奏なのでは。

★★★★☆
"L'oeuvre pour Piano vol. 1 :
Gaspard de la Nuit / Prélude / Menuet sur le Nom de Haydn / Jeux d'eau / Le Tombeau de Couperin" (Auvidis Valois: V 4755)

Hüseyin Sermet (p)
この人はまだ余り知られていないので,この盤については少しコメントが必要かもしれません。トルコはイスタンブール出身のピアニストです。現在はデトロイト交響楽団付のピアニストとして活動中ですが,この人は巧いですよ。徹底して原曲を読み込んだ分析的な演奏が彼の持ち味。ルバート使いというと,どうしても悪いイメージが付きまといますが,この人だけは例外。説得力のあるルバートを利して,大きな振幅の立体的な音場を作り出す巧さは,フランソワにも比肩するものを持っていると思います。(※最近,「本盤を頼んだら取り扱い不可と言われた」旨のお問い合わせをいただきますが,これは,版元のAuvidisがその後,Naïveに吸収されたことが原因で,まだ立派にカタログに載っています。注文はAuvidisではなくNaïveで,と申し添えてください。店員さんがこの件に関して無知な場合「該当なし」にされてしまいます。

★★★★☆
Maurice Ravel "The Complete Piano Music" (Hyperion : CDA67341/2)
Angela Hewitt (piano)
ソリストはオタワ音楽院でジャン=ポール・セヴィラに師事し,1985年のトロント・バッハ国際で優勝して一躍脚光を浴びた新鋭。バロック出身らしく作品の音符構造を忠実に踏まえた,極めて見通しの良い平明な曲解釈は,一歩間違うと皮相的な演奏に陥る危険と隣り合わせですが,彼女の最大の美点は,徹底した譜面の読み込みにより,北米大陸出身者である自らの生得的な平明さを巧みにカバーしている点に尽きるでしょう。これは同じく透徹した作品の読み込みによって支えられたフセイン・セルメのラヴェルや,実直な曲解釈と人柄の滲むデリカシーに満ちた打鍵で印象を残すマルティノ・ティリモに通じる,極めてプロ意識の強い演奏だと思います。磨かれた技量を持つプロの演奏家が丹精込めた,緻密な鍛造の行き届いているラヴェルであり,その点で「負けない横綱」タイプの極めて現代的なラヴェルです。ピアノの音響構造を熟知し,バッハなども得意にする彼女の持ち味は,擬古典的な様式を持つこういう演目で最高に生かされる。少しさらっとし過ぎている気もしますが,『トッカータ』をこれだけ軽やかかつ正確に弾いた演奏はそうないんじゃないでしょうか。

★★★★
"Piano Concerto in G / Le Tombeau de Couperin (Ravel) Capriccio (Stravinsky)" (Deutsche Grammophon : 459 010-2)
Monique Haas (p) Hans Schmidt-Isserstedt, Ferenc Fricsay (cond) Orchester des Nordwestdeutschen Rundfunks : RIAS-Symphonie-Orchester Berlin
大戦中は一杯非道いことをしちゃったドイツ人。しかし,終戦を迎えてからが偉かった。ただちに演奏家蜂起。相手国から優秀なソリストを呼んで演奏会を開催し,戦時下で失ったものを猛烈に取り戻し始めました。この録音はその良い証拠品。1927年にパリ音楽院で一等を得ながら,その後の大戦で録音デビューが遅れていたアースを迎え,1948年にハンブルクで録音されたラヴェルの協奏曲を目玉に,彼女初のラヴェル独奏曲集からは『クープランの墓』を収録。1909年生まれですから,既に技術的にはピークにあった彼女の,脂の乗りきった時期の貴重な演奏を聴けます。録音のせいもあるでしょうが,アースのピアノはさすが絶頂期。たっぷりと丸く,力は良く抜け,表情はいっそう端正。下手にロマンチックな方向へ色目を使うことなく,デビュー直後の若さをそのまま投影。敢えて冗長な情感表出を排し,バッハを弾くが如く淀みないクープランは,ひとつの哲学として透徹しており,最強の力演ギレリスに続く明晰さの「トッカータ」には思わず「良くできました賞」謹呈。それだけに惜しいのは,ラヴェルのコンチェルトで共演する北西ドイツ放送管の力量不足ですか。冒頭,譜面にない音を吹いては「おやおや即興性豊かだね」と頬を緩ませるラッパは,個人的には好きなタイプのミスなんですけど,クラシックファンにはご立腹要因。併録のストラヴィンスキーで助演するベルリン放送と比べると,格落ちの感は拭えません。これが無かったら,5つ星を挙げても良かったんですがねえ。ピアノに焦点を当てて聴く方なら,アースの協奏曲における最良の姿が聴ける本録音。一聴の価値があるのではないでしょうか。

★★★★
"Le Tombeau de Couperin / Pavane pour une Infante Défunte / Menuet Antique / Jeux d'eau / Miroirs" (Virgin : VC 7 59233 2 F PM518)
Anne Queffélec (p)
デュティユーやドビュッシーにも優れた録音がある名女流アンヌ・ケフェレックが残したラヴェルのピアノ作品集は,2枚に分売されて世に出ました。1990年代に出た新しいものの中では,これは出色のラヴェルといえましょう。彼女は日本ではかなり過小評価されているようですが,勿体ない。もてはやされているロジェのなんかを揃えるくらいなら,この人の演奏でピアノ作品集を揃える方が,余程理にかなっていると小生は思います。フランス人女流というイメージの陰で,実はピアノのお師匠様が,ブレンデルにデームスと,意外にもゲルマン仕込みな彼女。最初に評価を確立したのも,ミュンヘン国際での優勝でした。彼女の演奏が一聴,ロマンティックかつ流麗に弾き崩しているようでいて,軟弱にしなだれてしまわないのは,派手な自己流の解釈を避け,過去の名演奏に良く学んで推敲した跡の良く出た,秀才型の演奏態度によるところが大きいでしょう。何しろラヴェルには御大フランソワの神がかった名演がありますので,それを聴いた耳では彼女の演奏,どうしてもテンペラメンタルな閃きに欠けて聞こえてしまい,「作ってるなあ」と感じられなくもないのは確か。けれど,それは逆に言えば,この人のプロとしての良心でもあると小生は思います。下手に我流の独善的な解釈でお茶を濁した演奏よりは,しっかり推敲され,破綻の少ない彼女のラヴェルの方がよほど好ましい。その後,廉価盤化もされてお安くなったようですし,充分お買い得なのではないでしょうか。

★★★★
"Lorelei / Mephisto Waltz No.1 / Les Jeux D'eaux à la Villa d'Este (Liszt) Jeux D'Eau / Le Tombeau de Couperin (Ravel) Prélude, Fugue et Variation (Franck)" (Denon : COCO-83965)
Anatoly Vedernikov (piano)
ネイガウスに師事し,旧ソ連屈指のピアノ弾きへと成長を遂げたヴェデルニコフは,両親がスパイの疑いを掛けられて粛清され,自身も厳しく海外公演を禁じられるなど,時代に翻弄された可哀相な人でもありました。進歩的な芸術に対しオープンで,内外を問わず20世紀音楽を幅広くレパートリーに加える姿勢が,結果として彼の知名度を著しく損なうことになってしまいましたが,彼は少ない機会を得ては演奏を録り溜め,臥薪嘗胆を期します。旧ソ連崩壊後,西側へ流出した音源が,見込み通り彼の評価を一躍高めることになりました。本盤もそのひとつで,1953年録音の「エステ荘」に「水の戯れ」,1967年のフランク,1969年のリスト2編,および1976年の「クープラン」を併録しています。一口に言うなら,露骨に向き不向きの出た,キャラの濃いロシア人ならではの演奏ですか。目を見張るほど見事な前半のリスト。それに引き替えラヴェルのほうは,彼の悪い面であるところのヴィルトゥオーゾ偏重と,鋼鉄のロシア人らしい硬いリズム感が全面に横溢。細部にミスタッチが散見される『水の戯れ』は「そうまでして豪腕弾きしなくても良いのに・・」とがっくり肩を落とさずにはおれません。『クープランの墓』で言えば「前奏曲」や「メヌエット」が良い例。速めのテンポでも細く尖ることのないタッチといい的確な技巧といい,怖ろしく達者なんだけど,一つ一つのアクセントが鉈を真一文字に振り下ろすかの如くスパスパと拍をぶつ切りにしていくため,どうしても軍隊の行進のように武骨で雄々しくなってしまいます。いっぽう思い切りテンポを落とした「リゴードン」(8:40)は,既往の名演奏にはなかった新たな内省性を与えることに成功していますし,「トッカータ」(4:10)もまた,指回し芸よりも整理されたリズム配置で,あの悪魔的な同音連打を弾き通すことを優先。極めて落ち着きのある美演を生みだしている。畢竟オールラウンダーではないけれど,頼れる用心棒のような演奏と言えましょう。

★★★★
"L'oeuvre pour Piano, complète :
Le Tombeau de Couperin / Sonatine / Valses Nobles et Sentimentales / Jeux d'eau / Gaspard de la Nuit / Prélude / Pavane / Menuet sur le Nom de Haydn / ...A la Manière de ... / Miroirs" (EMI : TOCE-3227/8)

Walter Gieseking (p)
ギーゼキングはリヨン生まれの歴としたフランス人ですが,お名前から拝察の通り,両親はドイツ人。果たしてドイツ訛の,かっちりとした構築的な譜読みと,誤魔化しのない明晰な技巧を持ち味にしたピアニストです。ドビュッシーやラヴェルの演奏家として定評がありますが,ハースなどの演奏について述べた別項でも触れましたように,こうしたゲルマン系の演奏家は,えてしてフランスものをやるには表情が硬すぎるという欠点があります。彼のドビュッシーはまさにそれで,場違いな空気が漂う演奏が多く,録音技術の進んだ今日,敢えて聴くほどのものではありません。しかし,形式を重んじたラヴェルの作風になると,こういう演奏家は本領を発揮してきます。『クープランの墓』は,そんな彼の,ぽろぽろ転がるような運指技巧の素晴らしさが遺憾なく出た秀演。これだけ軽やかに,余裕を持った粒立ちの良い音を出すのがどれだけ至難かは,ピアノをお弾きになる方なら良くお分かりでしょう。分業化の進んだ現代人に比べると確かにややムラや細かいミスもありますし,霊感に乏しいと感じる方もいましょうが,クラシック畑の方には,彼の演奏など,参考になるところ大だと思います。

★★★★
"Le Tombeau de Couperin / Jeux d'eau / Ma Mère L'oye / Valses Nobles et Sentimentales" (FY : FYCD 018)
Yvonne Lefébure (p)
1898年生まれ,1986年に没したフランスの名女流イヴォンヌ・ルフェビュールさん。ピアノ奏者であるいっぽう名教師でもあった彼女は,ドワイヨンと同様,教育活動の方にご熱心で,脂の乗った時期にあまり録音を遺しませんでした。勿体ない。しかし晩年,教職を離れてから,気楽になったんでしょうか。亡くなる前の十余年間に,バッハやデュカなどのピアノ曲集を次々と録音します。数年前,これが突如CDになって出たときには大層驚かされたものでした。同じく前世紀前半の名奏者フェヴリエといい,世を去る前に何とも素敵な置き土産を遺してくれたものだと思います。ラヴェルと同時代を生きた数少ない生き証人である彼女のラヴェルは,華やかで活気があり,暖かな佇まいに溢れたもの。フェヴリエ盤もそうですが,こういう暖かみのある演奏は,最近のピアノ録音にはないものではないでしょうか。全体に速めのテンポを取り少し荒さが気になるのと,ご高齢からかその速さに運指がやや遅れてしまい,音符の消滅やミスタッチ(特に技巧的な「トッカータ」に顕著)が散見されるのは残念なんですが,細かいアラは承知の上で,演奏に漂うアニメ(生気)を重視した,極めて生き生きと躍動感溢れる演奏です。
 (評点は『クープランの墓』のみに対するものです。)

(2001. 8. 29 / Rev. 2005. 2. 19)





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