ピアノ協奏曲 ト長調
Concerto pour Piano et Orchestre en Sol majeur

  
「ピアノ協奏曲を2つ,同時並行で書き進めるというのは興味深い体験だった。
私が独奏者として登壇する予定になっているこの協奏曲のほうは,あらゆる意味で協奏曲らしい協奏曲だよ。
モーツァルトやサン=サーンスとまさに同じ美意識のもとに書かれているから。
協奏曲というものは−これは僕の見解だが−軽やかで,輝かしくなくてはならない。
深遠さや劇的な効果を意図するようなものではないのだ」

カルフォコレッジ宛書簡
曲目 :
@ アレグラメンテ allegramente
A アダージョ・アッサイ adagio assai
B プレスト presto
概説 :
1928年,ラヴェルは4ヶ月間の日程で初めてアメリカに渡り,合計31回のコンサートで指揮棒を執って喝采を浴びた。彼はアレクサンドル・タンスマンに「どうだろう,こんな喝采を浴びるなんて,パリではあり得ないね」と懐述したと伝えられる。これに気をよくしたラヴェルは,2度目の演奏旅行を計画。そこで,自らが演奏するためのピアノ協奏曲を作曲しようと考えた。翌1929年から,ラヴェルはモン・フォリー・ラモーリーの自邸で作曲に入り,途中,第一次大戦で右手を失ったオーストリアのピアノ奏者ヴィトゲンシュタインの委嘱により急遽作曲した『左手のためのピアノ協奏曲』執筆に伴う中断を経て,1931年にこの作品を書き上げた。

全体は3楽章からなり,ブルースを援用し,派手で通俗的な表情を持つ1,3楽章を,まるで趣の異なる叙情的な2楽章が挟む形を取る(作曲家であり批評家でもあるギュスターヴ・サマズィユ氏は,このピアノ協奏曲の1楽章と3楽章の素材に,ラヴェル未完の作品『ザスピアク・バット』が用いられている点に着目し,2楽章と1,3楽章との性格の違いを説明している)。

当初,自作自演を意図していたラヴェルだったが,初演を前に思い直してマルグリット・ロンに依託
*。1931年11月にはラヴェルの手からロンへと楽譜が渡り,事前に綿密なリハーサルが行われた。初演はロンのピアノにラヴェル自身が指揮棒を執って行われ,終章をアンコールするほど大きな賞賛を以て迎えられたという。初演者マルグリット・ロン(Marguerite Long=右写真)に献呈された。

自筆譜は匿名個人蔵(全110頁:「アレグラメンテ」55頁,「アダージョ・アッサイ」16頁,「プレスト」39頁,ラヴェル自筆署名入り)。



ヨン様よりロン様
マルグリット・ロン
Marguerite Long
(1874-1966)

ル・アーヴル港へ戻った
ばかりのラヴェル
(1928年4月)

注 記

* Orenstein(1991)は,1931年11月20日付けのアンリ・ラボー宛て書簡に「医者から絶対安静を言い渡された」ことを理由に,オシリス・コンクール欠席の非を詫びる文面があること(非公開,個人蔵)を根拠に,ラヴェルがロンへの委託を決めた理由として,ラヴェルの健康状態の悪化を挙げている(p.102)。



Reference

ニコルス, R. 渋谷訳. 1987. 「ラヴェル−その生涯と作品」泰流社.

Orenstein, A. 1991 (1975). Ravel: man and musician. New York: Dover Publications, pp. 100-102 / p. 240.



作曲・出版年 ■作曲:1929年〜1931年
■出版:デュラン社(1932年)
編成 独奏ピアノ,フルート2(第2フルートはピッコロ持ち替え),オーボエ2(同イングリッシュ・ホルン持ち替え),クラリネット2(一方は変ホ調),バスーン2,ホルン2,トランペット,トロンボーン,トライアングル,スネアドラム,シンバル,バスドラム,タムタム,木製の鐘,ティンパニ,ハープ,鞭,弦部
演奏時間 約 20分
初演 マルグリット・ロン(ピアノ)モーリス・ラヴェル(指揮)コンセール・ラムルー管弦楽団,1932年 1月14日 於プレイエル・ホール
推薦盤

★★★★★
"Piano Concerto / Piano Concerto for Left hand" (EMI: TOCE-3046)
Samson François (p) André Cluytens (cond) Orchestre de la Société des Concerts du Conservatoire
ラヴェルは最晩年に,ピアノ協奏曲を矢継ぎ早に2つも作曲しました。これまた人気のある演目で,演奏もゴロゴロとありますが,嬉しいことにこの2つの協奏曲には,簡単に選べる決定盤があります。それはこのEMI盤。天才フランソワの素晴らしい技巧,ジャズメンも真っ青のテンペラメンタルな感性の閃き,全てにおいて他のあらゆる盤を遥かに凌駕する,圧倒的名盤です。フランソワという人はジャズで言えばバド・パウエルみたいな人で,気が乗らないと聴くに堪えないヒドイ演奏を平気でするのですが,その代わり一旦エンジンが掛かったら凄いですよ。そんな彼が生涯に残した演奏の中でも,これぞまさしく頂点をなす極上演奏。彼が遺したラヴェルやドビュッシーの独奏は,いずれも1960年代以降に録音されたのに対し,この協奏曲集だけは唯一1950年代の録音。脂の乗りきった時機を捉えることに成功したのも良かったのでしょう。クリュイタンスとパリ音楽院という最強のバックを得て,最絶頂期のフランソワ,アクセル全開。雲の上までイっちゃってます。

★★★★★
"Piano Concerto in C (Ravel) Piano ConcertoNo.4 (Rachmaninov)" (EMI : 7243 5 67258 2 9)
Ettore Gracis (cond) Arturo Benedetti Michelangeli (p) Philharmonia Orchestra
『ピアノ協奏曲』には永遠の代表盤,フランソワ/クリュイタンス盤がありますので,どうしてもそれと比べてという事にならざるを得ませんが,本盤は,この苛酷な比較に堪える極めて稀な演奏盤。どちらを取るかは多分,好みの問題でしょう。ジャズも聴き,演奏に溢れる精気や熱情を取る方なら間違いなくフランソワ盤のほうがお薦めですが,クラシックを専ら聴かれる方には,フランソワに比べ打鍵の表情が硬く,情熱の飛躍も感じられない代わり,比類なく明晰で分析力に優れ,遅めのテンポを感じさせない抑揚の豊かさと,稀に見る粒立ちの運指とが幸福に和合した,クラシックらしい演奏の本盤のほうが正統に聞こえるでしょう。伴奏がやや足を引っ張りますが,ソリストは最高。特に併録のラフマニノフの素晴らしさは筆舌に尽くしがたいものがあります。唯一フランソワに迫る出来映えと呼んでも宜しい見事な名演奏盤であると思います。

★★★★☆
"Piano Concerto / Concerto for the Left Hand / Pavane pour une Infante Défunte / Jeux d'eau / La Valse*" (EMI : 7243 5 74749 2 4)
Lorin Maazel (cond) Jean-Philippe Collard, Michel Béroff* (p) Orchestre National de France
ベロフとのデュオでドビュッシーの連弾も残しており,フォーレの弾き手としても知られているロン=ティボー国際覇者,ジャン=フィリップ・コラールによるラヴェル『ピアノ協奏曲』他のCDです。キラ星の如く大指揮者がみな録音しているラヴェルの協奏曲で,誰かがまだ抜けてるなアと思っていたら,そうそう,マゼールだったんですな。ホルスト『惑星』やラヴェル『スペイン狂詩曲』の名演が印象に残る指揮者だけに伴奏は見事なもので,ミケランジェリのグラシスなんかより上手いです。コラールののラヴェル全集は見かけた記憶がありませんが,勿体ない!特に独奏の『水の戯れ』の出来映えは出色で,テンポを変えず,作者の指示に忠実な解釈のものとしてはトップ・クラスの出来だと思います。『協奏曲』のほうも最上位の一に食い込む秀逸演奏。欲を言えばもう少し柔らかく弾いて欲しかった。明晰な表現を狙ったのでしょうが,ピアノ協奏曲を誤魔化しのないパーカッシヴな表現で,打鍵の表情を硬くせずに弾き仰せるのは至難の業。あくまでそうしたいなら,もう少しテンポを遅くしたほうが良かったのでは(特に第3楽章。ミケランジェリ参照)。ところで,日本ではベロフのピアノ,凄く人気なんだけど,分からんなァ。彼のピアノはクリアかも知れんけど,音は汚いし,ガサツ過ぎやしませんかねえ?それとも,そういう演奏のほうが,クラシック専科でドイツ好きのファンにはアナリゼしやすく,印象派が分かったような気になるから都合が良いんでしょうか?ベロフの全集があるくらいなんですから,ぜひコラール氏のラヴェル全集とか,ドビュッシー全集も出して欲しいです。

★★★★
"Concerto pour Piano et Orchestre / Concerto pour La Main Gauche / Le Tombeau de Couperin" (Naïve - Auvidis Valois : V 4858)
Emmanuel Krivine (cond) Huseyin Sermet (p) Orchestre National de Lyon
出るべくして出たと申しますか,逢うべくして逢ってしまったと申しますか。まさしく現代最強の顔合わせによるラヴェルです。ラヴェルのピアノ独奏で50年に一度の大傑作を録音したセルメと,今やフランス楽壇の最高峰に君臨する天才クリヴィヌ,夢の競演。一楽章冒頭の,些か大袈裟なくらいに大きなルバートの振幅なんか,明らかに作り過ぎですし,ペダルももう少し控えるべきだと思いますが,この盤はオケが良い。デュトワですら調子っ外れな音を出してしまう難曲にあって,細かいスタッカートも完璧に吹くピッチの揃った管楽器陣,きめの細かい管楽陣の助演がみごとな効果をあげます。全体を通して,良くも悪くも大変滑らかで洒脱。これまでにないほどフランス的演奏といえましょう。反面,あまりにさらっとしているので,淡泊に聞こえてしまうかも(特に三楽章)。しかし,演奏のレベル自体は高く,1990年代以降のものに限れば,恐らく最上位にランクされる演奏と思います。個人的にはもう少しゴツゴツと武骨に,パーカッシブかつ彫りの深いところもあったほうが,メリハリが利いて良かったと思うのですが・・。

★★★★
Maurice Ravel "Concerto en Sol majeur / Concerto pour la main Gauche" (Erato : B18D-39153)
Anne Queffélec (p) Alain Lombard (cond) Orchestre Philharmonique de Strasbourg
ヴァージンからラヴェルのピアノ独奏曲全集も出しているケフェレックはパリ音楽院卒のフランス人才媛ですが,最初に国際的な評価を得たのはミュンヘン国際の優勝でした。その後もバドゥラ=スコダ,ブレンデル,デームスなど,ウィーン系のピアニストに師事して研鑽を積んだ彼女は,実は意外にゲルマン系とも縁が深い。ドビュッシーの『幻想曲』でも共演したロンバール/ストラスブール響との顔合わせによる彼女のラヴェル,そうした彼女のバランス感覚が良く出た演奏と言えようかと思います。基調となっている運指の軽さや丸さ,洒脱なルバートに聴けるセンスは紛れもなくフランス人のものでありながら,要所にスタッカートを効果的に用い巧みに立体感を創り出すウィーン仕込みの運指の粒立ちが,他のフランス人ピアニストにはない明晰さを生み出している。そうした狙いを生かす遅めのテンポ取りも的確。アクセントをつけることを意図してか,スタッカートの際,かなり誇張して置かれる強い打鍵は些か仰々しい気もしますが,彼女自身のピアノに関して言えば,バランスとセンスの良さは特筆すべきレベルに達しており,同じく明晰ながら打鍵にフランス的な軽やかさのないアルゲリッチなどよりお薦め度が高いと思います。それだけに,やや残念なのはストラスブール響の助演。ドビュッシーの録音では気にならなかった管と打楽器も,ジャズを意識したこの派手で「輝かしい」コンチェルトでは覆いようもなく力量不足を感じさせてしまうのが残念。

★★★★
"Concerto for Piano and Orchestra in G major / Valses Nobles et Sentimentales / Concerto for the Left Hand" (Grammophon : 449 213-2)
Pierre Boulez (cond) Krystian Zimerman (p) London Symphony Orchestra
ポーランドの生んだ大物ピアノ奏者ツィマーマンは1956年生まれ。1975年,18才でのショパン・コンクール優勝を経て,典型的な大物ピアノ弾き道を驀進。ショパンのコンチェルトに始まってシューマン,グリーグ,ブラームス,リストとマア,これ以上ないほどミーハーかつ王道な巨匠路線を進んできました。当然ながら重箱の隅でフフフ笑いを浮かべるあっしのようなケチなヤローと縁なんぞあるはずもなく,彼をまともに聴いたのはこれが最初。1990年代半ばに録音したこのアリガターイラヴェル録音も,過去の録音歴を見れば妙味半減。ど〜せチャイコの如くピアニスティックに弾くんだろ・・との読みは,半分は当たってしまったようです。さすがは巨匠テクニックは大変に明晰。技巧的な『協奏曲』の第三楽章や『左手』のカデンツァにおける,コンピュータのように緻密な運指には目を見張りました。ただ,やはり出自が仏人でないぶん,運指やリズム感の乗りは硬い。デュナーミクの層が完璧に分離され,見通しが良いといえば聞こえはいいものの,裏を返せばデジタル信号の如く,各フレーズごとに強弱が明瞭な階段状をなして整地されていて,自然な段丘面の風合いは希薄。それが却って,音楽としての厚みや立体感を損なってしまう。凄く見映えは整っているんだけれど,人工的な作為を感じさせてしまうロマネスク調の庭園と,枯山水の美学の違いでしょうかねえ。いかにもコンクール受けのする,見映えの整った演奏。しかし,絶えず計算しながら弾いてるかのような,冷たく取り澄ました表情には,素を剥き出してでも全霊を傾けて「弾き伏せ」ようとする熱情の乏しさ,あざとさが付きまとう。画竜点睛を欠くこの盤に,4つ星以上はやれませんです。ちなみに併録の『感傷的なワルツ』は,おまけ程度の凡演。この簡素なワルツをやるのに,押しつけがましく構造スカスカなんて芸がないにも程があります。

★★★★
"Concierto en Sol Meyor (Ravel) Concierto en Mi Menor (Chopin)" (Consentino : IRCO 275)
Charles Dutoit, Louis Martin (cond) Orquestra de Camara de Lausanne: Orchestra de la Suisse Romande
1974年に喧嘩別れしたものの,かつて夫婦だったソリストと指揮者。1959年1月19日に初共演を果たした際の記録が,故国の謎レーベルから世に出ました。当時僅かに18才。1955年のヨーロッパ移住後,既に1957年のブゾーニ国際,ジュネーブ国際で優勝していたものの,まだショパン・コンクール(1965年)にも出ていなかった修行期のものです。一方のデュトワも,1957年まではヴィオラ弾きでしたから,1959年といえばプロの指揮者になった直後。ほとんどデビュー録音といって宜しいんじゃないでしょうか。当時,ヨーロッパで師事したマガロフの厳格な指導に辟易していた彼女の欲求不満が,若さも手伝って鍵盤に憑依。アマゾネスの凄みを存分にたたえたメカニカルな運指が怒濤のように横溢し,男勝りの激情を吐き出します。遅めに入るデュトワを蹴散らし,鋼鉄の筆圧で雪崩のような高速回転。ローザンヌが必死の様子が伝わってくる「プレスト」は,もはや痛快ですらある。飛ばしすぎるせいもあって,演奏にはオケを中心とする細かいアラもありますし,録音も良いとはいえません。彼女についても,競技会ピアニスト特有の素っ気なさがほの見えるのも確か。もっと奥行きと遊び心があっても良かった気はします。けれど,その後の取り澄ましたラヴェルにはない,挑み掛かるような姿勢のピアニズムはこの録音の大きな魅力でしょう。楽団も明るい色調で,当時の水準を考えれば相当に見事な助演をしているのではないでしょうか。個人的には,アバドとの録音を聴くくらいなら断然こちらですねえ。併録のショパンはマルタン〜ローザンヌ管の助演。叙情的な曲調ゆえ,前述の遊びの乏しさがやや色濃いものの,技術的には完成された演奏が聴けて素晴らしいと思います。

★★★★
"Piano Concerto in G / Le Tombeau de Couperin (Ravel) Capriccio (Stravinsky)" (Deutsche Grammophon : 459 010-2)
Monique Haas (p) Hans Schmidt-Isserstedt, Ferenc Fricsay (cond) Orchester des Nordwestdeutschen Rundfunks : RIAS-Symphonie-Orchester Berlin
大戦中は一杯非道いことをしちゃったドイツ人。しかし,終戦を迎えてからが偉かった。ただちに演奏家蜂起。相手国から優秀なソリストを呼んで演奏会を開催し,戦時下で失ったものを猛烈に取り戻し始めました。この録音はその良い証拠品。1927年にパリ音楽院で一等を得ながら,その後の大戦で録音デビューが遅れていたアースを迎え,1948年にハンブルクで録音されたラヴェルの協奏曲を目玉に,彼女初のラヴェル独奏曲集からは『クープランの墓』を収録。1909年生まれですから,既に技術的にはピークにあった彼女の,脂の乗りきった時期の貴重な演奏を聴けます。録音のせいもあるでしょうが,アースのピアノはさすが絶頂期。たっぷりと丸く,力は良く抜け,表情はいっそう端正。下手にロマンチックな方向へ色目を使うことなく,デビュー直後の若さをそのまま投影。敢えて冗長な情感表出を排し,バッハを弾くが如く淀みないクープランは,ひとつの哲学として透徹しており,最強の力演ギレリスに続く明晰さの「トッカータ」には思わず「良くできました賞」謹呈。それだけに惜しいのは,ラヴェルのコンチェルトで共演する北西ドイツ放送管の力量不足ですか。冒頭,譜面にない音を吹いては「おやおや即興性豊かだね」と頬を緩ませるラッパは,個人的には好きなタイプのミスなんですけど,クラシックファンにはご立腹要因。併録のストラヴィンスキーで助演するベルリン放送と比べると,格落ちの感は拭えません。これが無かったら,5つ星を挙げても良かったんですがねえ。ピアノに焦点を当てて聴く方なら,アースの協奏曲における最良の姿が聴ける本録音。一聴の価値があるのではないでしょうか。

★★★★
"Concerto per Pianoforte in Do Maggiore No.3 (Mozart) Valses Nobles et Sentimentales / Concerto per Pianoforte in Sol Maggiore (Ravel)" (Urania : URN 22.230)
Arturo Benedetti Michelangeli (p) Nino Sanzogno, Carlo Maria Giulini (cond) Orchestra Sinfonica di Roma della Rai : Orchestra Sinfonica di Torino della Rai
「負けない横綱」貴乃花ことミケランジェリは,稀に見る完璧主義者。アラを含むことが我慢ならない彼は,テイクを重ね,譜面を推敲し,破綻のない演奏「を作り上げる」ことに執着した演奏家でした。そんな姿勢のため,生前,出版を認められた音源は異様に数が少なく,ドビュッシーを例に挙げても,正規の録音はグラモフォンに残った『映像』,『前奏曲』,『領分』くらいではないでしょうか。こういう人物だと,やっぱり音源自体が商品価値を生みます。彼が世を去った途端,雨後の筍のように出るわ出るわの海賊ラッシュ!面白いことに,この手の海賊音源ってイタリアが多いんですよ。ジャズの世界でも,海賊紛いの大量再発を断行したのは伊レーベルのフレッシュ・サウンドでした。この盤もまさにその好例で,ミラノに本拠を置くウラニアから出たもの。1952年に録音されたらしいラヴェルの2品はライヴ録音を海賊していたものらしく,当然ながら音質劣悪。デジタル処理でかなりの改善はなされているものの,完璧に好事家だけが購買対象です(笑)。EMIに残る正規録音に先立つ『協奏曲』はサンゾーニョ/トリノ響が助演。EMIの正規録音よりも野趣に富んだ男性的な運指と,明晰な頭脳を示す如くに整然とした曲解釈。海賊ならではの精気に満ちており,大いに溜飲が下がります。ピアノ部のみに意識を集中できるなら,個人的にはこれなど一番お薦め度が高いかも知れません。しかし,残念なことにトリノ響の演奏は酷い。派手に音を外す金管,ヨレ気味の弦部とも,明らかにラヴェルをやるには力不足といわねばならないでしょう。彼は自分の演奏には執着した反面,あまり脇には神経使わないですよねえ。勿体ない。

★★★☆
"Concerto pour Piano et Orchestre / Concerto pour La Main Gauche / Fanfare / Menuet Antique Le Tombeau de Couperin" (Deutsche Grammophon : 423 665-2)
Claudio Abbado (cond) Martha Argerich, Michel Béroff (p) London Symphony Orchestra
アルゲリッチとアバドの顔合わせによる『ピアノ協奏曲』に,ミシェル・ベロフの『左手のためのピアノ協奏曲』をカップリングしたCDです。ベロフとアルゲリッチ。誰が併録を決めたかは知りませんが,打鍵がカミソリのようで暖かみに乏しいアルゲリッチと,響音の汚いベロフという2人の「上手いんだけどなァ・・」系ピアニストを期せずしてカップリングしてしまったという感じでしょうか。アルゲリッチはラヴェル好きらしく,ほとんど見向きもしないフランスものの中でラヴェルだけは精力的に録音しています。またアバドとアルゲリッチは,同じレーベルにプロコフィエフの(作品中でも特に近代度の高い)『ピアノ協奏曲第3番』の決定版的名演奏のあるコンビ。上手いですよ,確かに。しかし,どうも彼女のカミソリのように神経質な打鍵は,新大陸のキッチュな喧噪を標榜するこのコンチェルトのおおらかな官能美を殺してしまうような気がします。言うまでもなく斯界の大御所。レベルは高いのでしょうが,南仏の眩しい日射しの下で,コケティッシュな肉体美を披露するトップレスの娘たちのように(失礼)健康的で奔放な,原曲の持ち味が死んでいる気がするのは私だけでしょうかねえ。一言でいえば「鉄の表面のように体温のないラヴェル」です。

★★★☆
"Boléro / Concerto pour Piano et Orchestre / Daphnis et Chloé 2ème Suite" (Weitbuck : SSS0041-2)
Herbert Kegel (cond) Cécile Ousset (p) Rundfunk-Sinfonieorchester Leipzig : MDR Chor
1920年ドレスデン生まれのケーゲルは,1949年にライプツィヒ放送合唱団の指揮者となり,数年間で同団をドイツ屈指の実力へと鍛造。功績を買われて1953年に同管弦楽団の副指揮者となり,アーベンロートの他界した3年後から首席指揮者へ。やがて黄金時代を築きました。そんな彼の旧録音を盛んに再発するヴァイトブックから,今度はラヴェルの管弦楽作品三編を併録したCDが。『ボレロ』は1985年,『ピアノ協奏曲』は1974年,『ダフニス』は1965年録音です(第二組曲はモノラル)。単なる抜粋の『ダフニス・・』に,単調な『ボレロ』。普通ならおよそ手が伸びないであろう本盤のフェロモン分泌器官は,やはり伝説のラヴェル名手セシル・ウーセがソリストを務めた『ピアノ協奏曲』でしょう。まさかウーセがこんな所で・・びっくりした途端,ゼニが財布からレジにテレポート。引田天功も顔面蒼白間違いなしです。やたら弾き崩しの多いこの演目にあって,彼女は明瞭かつ襟の整った,気品ある独奏を披露。運指の粒は綺麗に整い,立っていながらぎすぎすしておらず,あくまで清廉で理知的。ミケランジェリのそれにも似た,緻密さと柔らかみが同居した協奏曲に仕立てています。独奏者だけ取れば,数多大御所の名録音とも充分勝負できるんじゃないでしょうか。ところが残念なことに,肝心のライプツィヒ放送管がいただけない。特に管部がお粗末です。「アレグラメンテ」は,冒頭で派手にラッパが音を外したり,2分過ぎのファゴットがフガフガ呟く高齢者だったり。「プレスト」では,ホルンが青息吐息だったりファゴットが音符を省略したり(苦笑)。各人の音程も気味悪くずれており,かなり粗の目立つ演奏です。確かに跳躍も多いうえパッセージがやたら速いこの曲で,綺麗な合いの手を入れるのは難しいでしょう。それを割り引いたとしてもこのオケ,こんなにダメだったかなあ・・。ウーセの協奏曲なんて,今後も滅多なことでは聴けそうにない演目。もう少し頑張って欲しかったんですが。勿体ない,実に勿体ない。

★★★☆
"Concerto for Piano and Orchestra / Concerto for Piano and Orchestra for the Left Hand" (Philips : UCCP-9372)
Jean Doyen (p) Jean Fournet (cond) L'Orchestre des Concerts Lamoureux
フォーレのピアノ全集で知る人ぞ知るゴツゴツ名匠,ドワイアンとフルネの顔合わせによるラヴェルの協奏曲集です。彼は師匠ロンの後を継いでパリ音楽院の教授になってしまったため,あまり録音は多くありません。彼が40代で残したこのラヴェルはまさに珍品と言うべきものです。内容は最近聴いたセルメ/クリヴィヌ盤といい意味で正反対。クリヴィヌのはルバート多めでペダル多用。レガート強めの流麗で現代的な演奏でしたが,こちらはスタッカート多用でパーカッシヴな効果を挙げた武骨な曲解釈。超絶技巧を要する『左手のための協奏曲』冒頭のカデンツァ(無伴奏ソロ)では少しばかり運指が乱れるなど,現代のピアノ弾きに比べると,やや難が散見されますが,そのぶん見事なのが後半のカデンツァ。現代のピアノ弾きにはない抜群の陰影感と主張の強い屈強な打鍵,余計な “しな” を作って媚びるところのない,説得力豊かな演奏には強い魅力があります。また『ピアノ協奏曲』のほうも,フランソワ盤ほどの天才的な閃きや熱情は見ることが出来ず,表情も硬いものの,恐ろしく粒の立った運指技巧と的確なテンポ取りで破綻なく,大変良くできた演奏であると思います。まだ中央で大活躍していた頃の,過小評価の名匠フルネによる助演も良い。少しオケが弱いですが,気になるほどのものでもありません。同趣の演奏であるロジェ/デュトワ盤より出来は上です。同盤がお好きな方なら,あれ以上に溜飲を下げて聴くことになろうかと思います。勿論,フランソワ越えは無理でしたけれど。

★★★☆
"Sonates L483, 461, 449 (Scarlatti) Concerto No.13 KV 415 (Mozart) Concerto en Sol (Ravel)" (Tahra : TAH 537)
Arturo Benedetti Michelangeli (piano) Mario Rossi, Igor Markevitch (cond) Orchestra della RAI di Torino: Orchestra Stabile dell'Accademia Nazionale di Santa Cecilia
1937年のイザイ国際と1939年のジュネーヴ国際で優勝。一躍名声を高めたミケランジェリは,コルトーから「新たなリストがここに誕生した」と絶賛されたにも拘わらず,以降10年ほどに渡って殆どの仕事を受けず,ピアノの修練に没頭。リサイタリストとなったのは戦後のことでした。このラヴェルは1952年,パリに楽遊した際,シャンゼリゼ劇場で録音されたもの。海賊音源でしょう。満員の劇場で客一人物音を立てるのすら嫌だったほど超神経質な彼のライブの雰囲気は,第二楽章の直後,客席が一気に弛緩する様子で如実に分かります。彼のラヴェルといえば,有名なEMI盤の他に,サンゾーニョ〜トリノ響のものもありますが,同盤はミケランジェリ100点でオケ50点というくらい実力差の大きな演奏で,大いに勿体ないお化けを飛ばす内容。それだけに,御大マルケヴィッチの指揮で,最絶頂期の彼を聴ける本盤の価値は巨大です。果たしてピアノは相変わらず上手く,オケの性能もトリノ響より上なんですけど・・冒頭アレグラメンテを8分。かと思えばプレストは3分51秒なうえ,2つのロールに挟まれた冒頭の提示部を,たった20秒でゼロヨン族(珍しくミスってますが)。これにはオケも完全に付いていけず,音は外すわテンポは遅れるわで学級崩壊状態です。おまけに録音も酷いの何の。恐らく本来は,相当に雑音の大きい隠し撮りだったのでしょう。マスタリングの際,きついノイズゲート処理を加えてあるために,音がくぐもり過ぎちゃってモコモコになってます。クリアな音で,幾らでもいい演奏が買えるこのご時世。普通の健全な音楽ファンが,こんなのまで付き合う必要は全くないでしょう。「じゃあ何でそんな盤に4つ半も付けるんですか?」と仰る方は鋭い。実のところ素晴らしいのは,録音も格段に良い併録のスカルラッティとモーツァルト。全く興味の対象外な化石どもに,これほど心奪われることなんてまずありません。腕のみで聴かされたのは明らかです。「オメーはコンピュータですか」と思わずにはいられない,怖ろしく明晰で円やかな運指と隙のない曲解釈。不覚にもひとり,スゲースゲーを連呼しておりました。最早神の仕業としか思えません。
(評点は『ピアノ協奏曲』のみの評価です)

2002. 5. 15 updated / Revised 2005. 2. 25 USW






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