牧神の午後への前奏曲
Prélude à l'Après-midi d'un Faune


「この前奏曲の音楽は,ステファヌ・マラルメの美しい詩をきわめて自由に絵解きしたものである。
その総括だなぞと言うつもりは,さらさら無い。むしろ一連の背景であって,
それらをよぎって半獣神のさまざまな欲望と夢が,午後の熱気のなかを動きまわるのである。
それから,おそれて逃げるナンフ,ナイヤードたちを追いまわすのに疲れて,
半獣神は陶然とするような睡りに身をまかせてしまう。
普遍の自然のなかですべてがわがものになるという,
ついには実現されるだろう夢に満ちて」。

− ドビュッシー自身の曲目案内文 −




概説 :

1892年(30才)に着手され,1894年に完成。ドビュッシーの名を一躍高めると同時に,調性に依らないモーダルな旋律,機能を離れた豊かで繊細な和声の色彩感覚,明瞭な拍子を持たないリズムなど,俗に印象主義的とされる語法を最初に確立した記念碑的作品。しばしば彼の集まり《火曜会》へも出入りするなど,作曲者が傾倒していた20才年長の象徴派詩人,ステファヌ・マラルメの相聞牧歌『牧神の午後(l'Après-midi d'un Faune)』(1876年)に着想して書かれた。

マラルメには,先にドビュッシーが曲を付けた『シャルル・ボードレールの5つの詩』を聴いて感銘を受けた経験があった。1890年秋にポール・フォルがマラルメの『牧神の午後』を舞台化しようと相談を持ちかけたとき,マラルメは「君の友人ドビュッシーが音楽を書いてくれるだろうか?」とA.F.エロールに相談したとされている。こうした経緯から,マラルメの詩にドビュッシーが曲を付ける一場の朗読劇の形が構想され,1891年に上演することで両者の合意が得られたものの,すぐには実現しなかった。次いで,1893年に「前奏曲(prélude)」に「間奏曲(interludes)」および終曲の「敷衍曲(paraphrase finale)」を加えた3部構成で,詩の朗読,舞踊を加えた舞台音楽が構想される。この時は,ウジェーヌ・イザイの指揮により,1984年3月1日ブリュッセルで初演する計画まで立てられていた。しかし,作曲者の管弦楽配置が間に合わなかったためこれも中止となり,結局12月の初演時には,前奏曲のみで完結した作品に落ち着いた。

ロマン派音楽の隆盛を極めてから独奏楽器としての地位を半ば失っていたフルートが,アラベスク風主題の提示に用いられ,続く第一音にトリスタン和音が用いられる冒頭部は,ロマン派音楽の限界を超え,新たな時代の扉が開かれたことを象徴的に示していたといえよう。初演は1894年12月22日に国民音楽協会の演奏会で行われ,聴衆からアンコールを求められるほどの大好評を得た
*


牧神の出版契約書
左上の落款はアルトマン***
金額と曲名に下線が引いてある

批評家の間では当初,評価は大きく分かれた**。しかし,マラルメはこの作品の出来映えに賛嘆し,のちにドビュッシーへ「色で表現するよりも遙かに情熱的なかたちで,この音楽は私の詩の情感を拡張しているよ」と述べたという。またラヴェルは,この曲を形容して「音楽史上に残る傑作」と賛辞を惜しまなかった。パリ音楽院次代からの友人で作曲家の,レイモン・ボヌール(Raymond Bonheur: 1861-1939)に献呈。またこの曲は1909年に,愛人のガブリエル・デュポンへも献呈されている。ドビュッシーが同曲をフロモン社に売却した金額は僅か二百フランであった(右上図参照)。

元ジョベール社蔵の自筆譜は,現在仏国立図書館音楽部蔵(Ms.17685,26頁:1894年9月の署名付)。このほか,ガブリエル(ギャビー)・デュポンにドビュッシーが与えた管弦楽総譜のスケッチ稿が,コルトーの手を経てニューヨークに現存する。

レオン・バクスト(Leon Bakst)の書いた牧神のデッサン
バクストの衣装デザイン

バクストの衣装を着て踊るニジンスキー
ニジンスキ扮するバレエ版の「牧神」

原詩の大意 :
真昼の眠りから覚めた牧神が葦笛を吹こうとしたとき,水浴びするニンフに気づく。牧神は2人のニンフを抱えて薔薇の茂みへと消えるが,ニンフは巧みにその腕をすり抜け,逃げ去ってゆく。牧神は疲れ,美の女神を抱く夢想に微睡みながら,再び眠りへと落ちる。



注 記

* ギュスターヴ・ドレは後年「・・勝利は完璧なものだった。会場は歓声に包まれ,楽団員自身も賞賛を送っていた。アンコールが求められ,《最後にこれほどの傑作がアンコール演奏されてから,きっと相当な月日が経過しているに違いない》そう考えた私は,規則を曲げて,聴衆の望みを叶えざるを得なかった」(Gazette en Lausanne 1939)と懐述している。
ギュスターヴ・ドレ(=右上写真)はスイスの作曲家・指揮者。1866年9月20日エーグル(Aigle)生まれ。ローザンヌで音楽の基礎を学んだのち,1885年から1887年までベルリンへ滞在。ヨアヒム(Joachim)に就いてヴァイオリンを学ぶ。次いでパリ音楽院へ入学し,ヴァイオリンをマルシック(Marsick),作曲をT. デュボアとJ. マスネに師事した。コンセール・ダルクール(Concerts d'Harcourt)の副指揮者,国民音楽協会の指揮者(1893-1895),オペラ・コミーク座の指揮者(1907-1909)を歴任。その間ローマ,ロンドン,アムステルダムで客員指揮者として活動した。歌曲を中心に,作曲家としても作品を遺している。1943年4月19日ローザンヌ(Lausanne)で死去。 ドレでーす
** 初演に対する評価については,1894年12月22日に関するものと,1895年10月13日の演奏会に対するものとで混乱があるように思われる。前者の演奏そのものは,あまり芳しくなかったらしく,ピエール・ルイスは「君の作品をもう少しましな演奏でまた聞ける時を待つよ。ホルンはひどかったし,残りもそれよりましとはほとんどいえなかった」と述べ,ケクランも「演奏は,アルクール・ホールのどぎつい残響が災いして,今ひとつだった」と記している。いっぽう,後者に関すると思われるものとしては,批評集成(Revue encyclopédique)上で,「明らかなことは,ドビュッシーがあの才ある詩人作曲家(注:ワーグナーのこと)の模倣では全くないということであり,今後も彼の美意識にワグナーの作風が影響をもたらすことはないであろう」と述べた,アルフレッド・エルンストの評価がある。これは「ワグネリズムの影響が顕著」とした,ギド・ミュジカルの評価に対するものであろう。これら批評家の評価の多くは,後者の初演を聴いて書かれたと思われ,エルンストの評も1895年のものである。

*** 牧神の出版社がフロモン社であるにもかかわらず,契約書がアルトマンとの間で交わされている理由は,ジョルジュ・アルトマンの運営していたアルトマン社が,1891年に倒産したことと関連する。倒産によって,アルトマンは出版事業が法的にできない立場となった。このとき,彼の後見人となり,出版事業を継続させたのがウジェーヌ・フロモンであった。アルトマンはドビュッシーを見出す以前から,同時代の作曲家の発掘に意欲的で,ドビュッシーにもいち早く目を付け,年額6000フランの年金を保証していた。アルトマンとの間で契約書が交わされた背景には他に,ドビュッシーが彼やアンドレ・メサージェの後押しによって,1894年1月10日著作権協会へ加入できたこともあったと思われる。ドビュッシーがいかにアルトマンを信頼していたかは,アルトマンが世を去った1900年以降(正確には1903年以降),ドビュッシーが音楽院の友人だったデュランを出版社とし,1905年7月17日にはデュラン社との専属契約書に署名したことからも窺える。




Reference
平島正郎. 1993. 「作曲家別名曲解説ライブラリI ドビュッシー」. 音楽乃友社.
F. ルシュール著・笠羽映子訳「伝記 クロード・ドビュッシー」. {Lesure, F. 2003. Claude Debussy, Biographie critique. Paris, Fayard.}
Ashbrook, W. and Cobb, M.G. 1990. A portrait of Claude Debussy. Oxford: Clarendon Press. {Dietschy, M. 1962. La passion de Claude Debussy. Neuchâtel: Baconnière}
Lockspeiser, E. 1972. Debussy. New York: McGraw-Hill.





作曲・出版年 ■作曲:1892年〜1894年9月。
■出版:1895年10月23日(フロモン社)。
■編曲版:2台ピアノ版(作曲者:フロモン社,1895年),ラヴェルによるピアノ連弾版(フロモン社,1910年),レオナルド・ボルヴィックによるピアノ独奏版(ジョベール社,1914年),ギュスターヴ・サマズィユ編によるフルートとピアノ版(ジョベール社,1925年)などがある。
※この他に詳細不明ながらヴァイオリンとピアノ,オルガンへの編曲版の譜面がいずれもジョベール社より刊行されているとの情報を頂きました(2003. 1. 14)。
編成 フルート(3),オーボエ(2),イングリッシュ・ホルン,クラリネット(2),バスーン(2),フレンチ・ホルン(4),ハープ(2),弦5部,古代シンバル(ホ,ロ音)
演奏時間 約10分
初演 ■管弦楽版:1894年12月22日,パリ:サル・ダルクール(国民音楽協会音楽会) ギュスターヴ・ドレ(指揮),ジョルジュ・バレール(フルート独奏),国民音楽協会管弦楽団
■バレエ音楽版:1912年5月29日,シャトレ座(ニジンスキー振付)
推薦盤

★★★★☆
"Orchestral Works vol. 1 :
La Mer / Nocturnes / Prélude à l' après-midi d'un faune" (Denon: CO-78774)

Emmanuel Krivine (cond) Orchestre National de Lyon : The Nederlands Kamerkoor Women's Choir
1987年,前任のセルジュ・ボードからリヨン管弦楽団を引き継いだのが,まだ決して有名とは言えなかったクリヴィヌでした。彼は最近になってリヨン管と喧嘩別れしてしまったようですが,それだけ完璧主義で,このオケを締め上げたんでしょう。実際,彼が率いてから僅か15年ほどの間に,このオケが残した名盤の数を見れば,彼の貢献は明らかすぎるほどに明らかです。1995年に満を持して登場した本盤は,彼らの手になるドビュッシー録音第一弾。まだ改造の済んでいなかったオケ団員の力量を120%酷使。指先にまで神経の行き届いたバレリーナの如く,緊密にコントロール。緊張感満点の楽団員たちが繰り出す,伸びやかかつ即興的でいて,統率の完璧に行き届いた鳴動は,魔術的としか形容しようのないほど甘美。ドビュッシー新時代を告げるに足る衝撃的なものでした。春眠暁を覚えそうにない集音も芸術的。下手な定番を聴くくらいなら断然このクリヴィヌ盤を。マルティノン,デュトワ,アンセルメなど,この蠱惑な響きの足下にも及びません。作りすぎではないかとの不満も残るには残りますが,明らかに新しい時代を切り開いた名録音です。

★★★★☆
"Images / La Mer / Prélude à l' après-midi d'un faune" (Sony : SK 62599)
Esa-Pekka Salonen (cond) Los Angeles Philharmonic
アメリカに渡り,サンフランシスコ交響楽団と組んで一躍スターダムにのし上がったエサ=ペッカ・サロネンのドビュッシー録音。『牧神』の演奏時間を集めてきて下にあるとおりの一覧表を作ってみると,経験的に得られる集合知としての理想の演奏時間は10分なのだということが分かります。本盤の演奏時間は10分8秒。この時間配分がそのまま本盤の美点を説明している。最近の『牧神』の演奏では,最もオーソドックスなものとして,まず一枚という方には最も向いているのではないでしょうか。かつて,最も標準的な牧神といえば下記のマルティノン盤でしたが,同盤は何しろ数十年前の録音でオケの性能が悪いうえ,今ひとつ指揮者の推敲の痕が見え隠れする(“石橋を叩いて渡る”ような)ところがあるのが残念でした。そこへ行くと本盤は,マルティノン盤のもつこれらの難点を,巧いことカバーしてくれる得難い録音,適当に膨らみを有しながらも,全体に都会的なすっきりとした表現で我も薄く,しかも瀟洒になるべきところではツボを押さえた中庸な姿勢が見事。一二箇所リズム処理の変なところがある他はほぼ欠点もなく安心して聴ける,新時代の「標準盤」です。

★★★★☆
"La Mer / Nocturnes / Prélude à l' après-midi d'un faune" (Belart : 450 145-2)
Eliahu Inbal, Jean Fournet (cond) Royal Concertgebouw Orchestra: Women's Chorus of the Netherlands Radio
チェコ管と組んだ『海』と『夜想曲』で,実直堅実な指揮者の本領をいかんなく示していたフルネさん。牧神はないのかと思っていたら,ありましたよ。それもコンセルトヘボウと組んだ若き日の記録!すてき〜っ!一聴,期待に違わぬ理詰めの指揮に万歳三唱。久々に牧神の当たりくじです。高揚が最高潮に達したのちの3分間,午後のまどろみを出そうと考えたか,再現部で弄りや装飾が少ない割にテンポをかなり抑えてくるため,些か石橋を叩いて渡る様子が耳についてしまうものの,解釈には破綻がなく,余計な装飾もなく,非常に理詰めでバランスの良い指揮。フルネの美点が大変良く出た秀演ではないかと思います。なにぶんにも半世紀前の録音(1959年)ですから,少しばかりオケの音色には時代がかった古めかしさもあるにはあります。しかし,今も昔も世界最高水準の弦を誇るコンセルトヘボウを選んで正解。彼は過去,せっかくの実直な指揮を,チェコ管やオランダ放送管の冴えない演奏で相殺してしまった前科があるだけに,このグレードのオケでドビュッシーを残してくれていたのはまさしく僥倖でした。併録の2編は,これも珍しいインバルのドビュッシー。全体にきびきびとリズムを撥ねさせ,前のめりに振っていく元気の良いドビュッシーです。溌剌しているぶん,ところどころ直線的すぎてドビュッシーをファリャの如くしてしまい,ゆとりに欠けるきらいはありますけれど,これだけセカセカ振ってフェータルな違和感を感じさせないのは,解釈が理に適っているから。個性派ながらレベルの高い演奏かと思います。

★★★★
"Nocturnes / La Mer / Prélude à l' après-midi d'un faune / Petit Suite" (EMI : TOCE-3040)
Jean Martinon (cond) Orchestre National de l'O.R.T.F. et Choeurs
上記以外でとなると出来はどれも一長一短,どんぐりの背比べです。かつて上記二枚が出る前,最も安定感があり,アクの少ない“標準盤”の役目を果たしていたのが本盤。仏国立放送管弦楽団を長いこと率いて活躍し,いまや古典的名録音と言って過言ではないドビュッシーの管弦楽作品集を残してもいるジャン・マルティノンの牧神です。自身も作曲家だった彼は,アンゲルブレシュト,ピエルネら作曲家兼指揮者のお歴々と同様,近現代作曲家の積極的な擁護者となり,意外なところに意外な録音を多く残していった職人気質の指揮者でもありました。どちらかというと実直さの滲む指揮をする彼は,上述のクリヴィヌのように,自らの圧倒的な閃きとカリスマ性で大胆に譜面を読み替える天才肌の指揮はしない代わり,丁寧な推敲に基づいて曲の構造を良く掴み,匂い立つようなドビュッシーの芳香を「再現」していくタイプ。そろそろ石橋の上を叩いて渡るような(分析してますよ的)演奏が,フランスものにしてはやや頭でっかちな印象を与えるのが難点ですが,古くからの銘盤中では録音も良く,演奏にも適度な膨らみと品位がありなおかつ中庸。「トーシロのご託宣なんぞ信用できん。それよかどんな批評家も挙げるような『銘盤』を教えろ」という向きには,これがお薦めです。

★★★★
"La Mer / Nocturnes / Printemps / Rhapsodie No.1 / Prélude à l'Après-midi d'un Faune / Jeux / Images / Danses" (CBS : SM2K 68 327)
Pierre Boulez (cond) New Philharmonia Orchestra: Cleveland Orchestra
理論家,作曲家,そして指揮者のどれでも成功した大御所ブレーズには,グラモフォンに移籍後の晩年と,才気走った中年期に,二度のドビュッシー録音があります。彼のドビュッシーといえば,圧倒的に知名度が高く,評価もされているのはグラモフォンのほうですが,ラヴェルはともかくドビュッシーに関しては,圧倒的にこの一度目の録音の水準が高いと思うのは私だけでしょうか。確かに,1960年代後半の録音なので,現代のオーケストラに比べると,ほんの少しばかりピッチが不揃いで,ざらっとした耳障りや居住まいの悪さを感じることもあるにはあります。しかし,譜面を細部まで読み込み,一切曲に酔った様子もなしに,ドビュッシーのあの香気を理路整然と音に置き換えていく冷徹な指揮ぶりと,蛇に睨まれた蛙の如く緊張しながら音を並べていくオケの緊張感の素晴らしさときたら,到底後年の録音の及ぶところではありません。彼の『牧神』は,速めのテンポを取り,流動感を重んじつつ,細部を整えたもの。前半を中心に,少し流しすぎじゃないかという気もしますけれど,速めのテンポの割には,非常に良く細部がコントロールされた録音ではないかと思います。緊張感のある,さっぱりした『牧神』をお探しの方に。

★★★☆
"Les Ballets Russes Vo.3 - L'Apres-Midi d'un Faune (Debussy) Petrouchka (Stravinsky) La Tragedie de Salome (Schmitt)" (Hänssler : 93223)
Sylvain Cambreling (cond) Southwest German Radio Symphony Orchestra, Stuttgart Southwest German Radio Vocal Ensemble
上記に居並ぶお歴々に比して知名度面で随分と小粒な独オケを、仏人のカンブルラン氏が統率する本盤。指揮者は元々リヨン管のぼんとろ吹きだった人物ながら、ブザンソン・コンクールで優勝して指揮者に転向。ベルギー王立歌劇場、フランクフルト歌劇場ののち、2012年からシュトゥットガルト州立歌劇場の音楽監督に就任。ルール・トリエンナーレやオペラ・バスティーユでも振るなど、舞台作品が得意なようです。彼は1999年から長きに渡ってバーデン=フライブルク放送響の首席指揮者を務めており、本盤は同オケと吹き込んだ舞台作品3篇を、ディアギレフ繋がりで再編した企画シリーズの第3作。持ち味が生きる舞台作品揃いで、21世紀枠の代表盤としても、充分に任を果たす好録音だと思います。演奏時間は10:36とやや遅めで、どちらかというと慎重に細部を描くタイプ。全体にスラー過多で妙に色目の多い曲解釈や、途中で主旋律を派手に間違うフルートソロなど、細部にちょこちょこ気になるところもあったりするのですが、録音も良く、往時に比べ技術も向上した現代オケの演奏には、かつての銘盤と比べて大きな瑕疵はありません。何より、最近ようやく録音の増えてきたシュミットの代表作『サロメの悲劇』がカップリングされているのがいいですねえ。それにしてもドイツ人はフランス文化に寛容だな。ヘンズラの録音は仏近代もんの宝庫じゃないですか。英語を話したらすぐ聞こえないふりをするフランス人は、こういうところを見習って欲しいもんです。

★★★☆
"Alborada del Gracioso / Prélude à L' Après-Midi d'un Faune / Rapsodie Espagnole / Printemps / Boléro"(Intersound : 6213)
Philippe Entremont (cond) Denver Symphony
『牧神』はドビュッシーの作品の中でも人気が特に高い作品。このため,メジャーなオケもその存在を無視できません。当然ながら録音も百花繚乱。それらを前に,「人と同じような演奏を聴いているのはつまらん」,「自分だけの知られざる秀演を持っておきたい」という贅沢な野心をお持ちになる方も多いでしょう。そのような方に,スーストロー/ロワール管盤,サラステ/フィンランド放送管盤と並んで穴盤としてお薦めするのがこのCD。まず誰も挙げない米デンバー交響楽団の演奏ですが,好いのですよ,これが。確かにオケの知名度はロサンゼルス,ニューヨーク,シカゴといったメジャーなオケに比べると落ちますし,細部で間抜けにピッチを外す演奏は若干不安定かも知れない。しかし,ドビュッシーの匂い立つ午後の芳香を鮮やかに切り取ったアントルモンの,抑揚と膨らみに富んだ素晴らしい指揮が,この盤を価値あるものにしました。最高のものを作ろうという熱意が,時に技術の未熟さを超えて,こういうまぐれ当たりを放つこともあるという一枚です。
(評点は『牧神』に対してのものです)
キワモノ盤

最速盤

"La Mer / Iberia / Prelude to the Afternoon of a Faun / Mother Goose Suite (Ravel)" (Mercury : 434 343-2)
Paul Paray (cond) Detroit Symphony Orchestra
自身も作曲を嗜み,ドビュッシーと同じくローマ大賞まで受賞しているポール・パレーは,指揮者として大成。後年はアメリカに本拠を移し,デトロイト交響楽団を振って多くの名録音を残しました。幸運なことにそれらの多くは,当時最先端の録音技術を誇っていたマーキュリー社の《リビング・プレゼンス》シリーズとして録音されました。お陰で,半世紀前とは思えないほど芳醇な集音で,彼らの演奏を愉しめるというわけです。このコンビの性格を一言でいうなら,マッシヴ・オケの代表格。どんな曲でも急速調で演奏する,アクの強い美意識が身上です。向き不向きも非常にはっきりした個性派の代表格といえましょう。最近は,そういう特徴のある演奏家は少なくなりました。この盤でも疾走傾向は変わりません。ドビュッシーとしては珍しく明瞭な拍節構造をもち,推進力溢れる「映像−イベリア」は,こんな楽団にとってまさしくハマり役。強烈な推進力を以て,新たな魅力を引き出します。ただ,牧神はちょっと・・・(笑)

最鈍盤
"La Mer / Iberia / Prélude à l'Après-midi d'un Faune" (FED : 031)
Sergiu Celibidache (cond) SDR Symphony Orchestra : London Symphony Orchestra
パレーがきびきびハキハキ演奏するマッシブ野郎だとすると,その対極に位置する美意識の持ち主なのはセルジュ・チェリビダッケでしょう。ときに管部の団員が息切れするほど,何でもかんでも異様な鈍速で振りおおせる彼の指揮は,ドビュッシーにおいても変わることがございません。有名人だけに多くのライブ録音が残り,本盤もその中のひとつ。管見の限り最もテンポの遅い牧神の座を,やすやすと奪い去っていく愚鈍ぶりはさすがと言えましょう。牧神を速く演奏すると,すっきりとした表現で切れ味は良くなりますが,反面細かいニュアンスの描き込みは難しくなります。おそらくチェリビダッケは細部に至るまで細かく表情をつけようと目論んでいたのでしょう。13分を超える長尺ながら,意外なほど含みの多い演奏で,あまり長さを感じさせません。悪くないです。

最悪盤
"La Mer / Prelude to the Afternoon of a Faun / Danses" (Mazur Media : QK 64334)
Vato Kahi (cond) Georgian Festival Orchestra
ドビュッシーの諸作品の中でも,恐らく最も演奏機会の多い『牧神』。当然ながらその選択肢は,ピンからキリまで山のようにございます。こうなりますと,好事家ならずとも,怖いもの見たさ半分の野次馬根性が身をもたげて来ますでしょう。「最もダメな演奏って誰のやろ?」 -- お教えしましょう。そんなあなたは迷わずコレ!古今東西いろいろ聴かせていただきましたワタクシでございますが,本盤はその中でも,仕上がりの酷さに掛けては文句なしに世界最高水準に屹立する大迷盤。往々にして廉価盤の演奏というのはヒドイもので,事実ラハバリ指揮のナクソス盤,ホルヴァ指揮のポイント盤など,どれも珍しいだけで演奏は最悪レベルなのですが,この盤はただ演奏が酷いだけではない!ヴァトー・カヒなる人物のとんでもない迷解釈によってさらに追い打ちをかけられた,まさしく堕演における決定版。などと烙印を押された迷盤ばかりを聴くのが好きな好事家の方以外には,断固推薦しません(笑)

変態盤
"Prélude à l'Après-midi d'un Faune / La Mer / Nocturnes (Debussy) Boléro (Ravel)" (Mediaphon : 22.340)
Igor Markévitch, Milan Horvat, Louis de Froment, Samo Hubad (cond) Belgrad Philharmonic, ORF-Symphony, RTL-Symphony, Radio Symphony Orchestra Ljubliana
イゴール・マルケヴィチは自身も作曲家だった大指揮者で,フランス物にも理解のあった人物。エヴェレストというレーベルにリリー・ブーランジェ合唱曲集の録音があり,これは,最近になってトゥルトゥリエ/BBC響やストリンガー/ルクセンブルク放送管盤が出るまで,長くブーランジェを聴ける殆ど唯一に近い(管見の限り他にはナディア・ブーランジェ/BBC響のものしかなかった)音源として,フランス近代ファンに至福の時を提供してくれたものでした。そんな彼がベルグラード管弦楽団を率いたこの録音はもちろんそれ自体がかなりの珍品に違いなく,しかも演奏は素晴らしく良い。初めて聴いたときは大層驚かされたものです。しかし,この盤が栄えある変態盤にランクされる理由はそれではない!なんとこの演奏,どこでどう読み間違ったのか,全体のキーが,ちょうど高域に半音分違っているのです!天下のマルケヴィッチ御大がこれほど有名な曲のキーを間違うはずはありません。頭を抱えた私,プレーヤーが故障したのか,あっしの耳がイカレタのかと何度も聴き直しましたよ。しかし,続く『海』は正常なキーで演奏されており,どのプレーヤーで鳴らしても結果は同じ。結局,なぜ彼がわざわざキーを変えたのか(あるいは録音技師がリマスター時にキーを変えた?のか)は永遠の謎としか言いようがございません。もしこの音源が,いずれどこか違うレーベルから日の目を見ることがありましたら,皆さんもぜひトライなさってくだされ。本来正常なキーで録音されたものだとすれば,なかなかの秀演ですぞ!



牧神の演奏盤
(小生保有盤より)
指揮者 楽団 録音年 演奏時間 推薦水準
Paul Paray Detroit Symphony Orchestra 1955 8:21 -
- Philippe Bernold (fl) Ariane Jacob (p) 1997 8:45 -
Jukka-Pekka Saraste Finnish Radio Symphony Orchestra 1993 8:49 ★★★
- Christian Ivaldi, Noël Lee (piano, 4 hands) 1990 8:50 -
- Alfons Kontarsky, Aloys Kontarsky (piano, 4 hands) 1973 8:50 -
Arturo Toscanini NBC Symphony Orchestra 1951 8:51 -
Pierre Boulez The Cleveland Orchestra 1991 8:52 -
Ernest Ansermet L' Orchestre de la Suisse Romande 1957 8:58 -
Charles Munch Boston Symphony Orchestra 1962 9:00 ★★★☆
Eugene Ormandy Philadelphia Orchestra 1959 9:02 -
Guido Cantelli Philharmonia Orchestra 1954 9:17 -
Thomas Beecham London Philharmonic Orchestra 1939 9:18 -
Pierre Monteux London Symphony Orchestra 1961 9:20 ★★★☆
Fritz Reiner New York Philharmonic Orchestra 1939 9:23 -
Barry Wordsworth Royal Philharmonic Orchestra 1993 9:24 -
Louis de Froment Orchestre Radio de Luxembourg 1990? 9:25 -
Vato Kahi Georgian Festival Orchestra 1994 9:25 -
Jean Fournet Netherland Radio Philharmonic Orchestra 1973 9:27 -
Serge Baudo Czech Philharmonic Orchestra 1966 9:30 ★★★
Vakhtang Kakhidze Tbilisi Symphony Orchestra 2001 9:33 -
Michael Tilson Thomas Boston Symphony Orchestra 1971 9:34 -
Jean-Pierre Jacquillat Orchestre de Paris 1968 9:35 -
Yevgeny Mravinsky Leningrad Philharmonic Orchestra 1965 9:38 -
Pierre Boulez New Philharmonia Orchestra 1966 9:41 ★★★★
Pierre Dervaux Orchestre de l'Association des Concerts Colonne 1960 9:44 -
Désiré-Emile Inghelbrecht Orchestre National de la Radiodiffusion Française 1954 9:47 -
Igor Markévitch Belgrad Philharmonic Orchestra 1993? 9.50 ★★★*
Herbert Von Karajan Berliner Philharmoniker 1964 9:52 -
Manuel Rosenthal Orchestre du Theatre de l'Opera de Paris 1959? 9:53 -
Emmanuel Krivine Orchestre National de Lyon 1995 9:54 ★★★★☆
Jean Pierre Arama Prague Classical Orchestra 1995? 9:57 -
Marc Soustrot Orchestre Philharmonique des Pays de Loire 1986 9:59 ★★★
Serge Baudo London Philharmonic Orchestra 1986 10:02 -
Constantin Silvestri Orchestre de la Société des Concerts du Conservatioire 1959 10:02 -
Sir Neville Marriner Academy of St. Martin in the Fields 1983 10:02 -
Vladimir Ashkenazy Cleveland Orchestra 1987 10:03 -
Fardinand Lann* Berliner Symphonieorchester - 10:08 -
Esa-Pekka Salonen Los Angeles Philharmonic 1996 10:09 ★★★★☆
Loic Bertrand Orchestre Radio-Symphonique Paris 1987 10:11 -
Hanspeter Gmür Suddeutsche Philharmonie 1995? 10:11 -
Jun Märkl Orchestre National de Lyon 2007 10:12 -
Jean Fournet Royal Concertgebouw Orchestra 1959 10:16 ★★★★☆
Georges Prêtre Orchestre National de France 1988? 10:18 -
Andre Previn London Symphony Orchestra 1979 10:18 -
Philippe Entremont Denver Symphony - 10:20 ★★★☆
Daniel Barenboim Orchestre de Paris 1982 10:20 -
Jean Martinon Orchestre National de l' O. R .T. F. 1973 10:22 ★★★★
Alain Lombard Orchestre Philharmonique de Strasbourg 1975 10:25 -
Alexander Rahbari BRT Philharmonic Orchestra, Brussels 1989 10:28 -
Milan Horvath Vienna Symphonieorchester - 10:35 -
Milan Horvath O.R.F. Symphonieorchester 1994? 10:36 -
Sylvain Cambreling SWR Sinfonieorchester Baden-Baden and Freiburg 2007 10:36 ★★★☆
Max Pommer Leipzig Radio Symphony Orchestra 1991? 10:41 -
Leonard Slatkin Saint Louis Symphony Orchestra 1982 10:41 -
Charles Dutoit Orchestre Philharmonique de Montréal 1989 10:44 ★★★☆
Carlo Maria Giulini Royal Concertgebouw Orchestra 1994 10:45 ★★★
Leopold Stokowski The Philadelphia Orchestra 1940 10:48 -
Michael Tilson Thomas London Symphony Orchestra - 10:54 ★★★☆
Rafael Brühbeck De Burgos London Symphony Orchestra 1988 11:01 -
Edouard Van Remoortel Vienna Symphony 1988? 11:06 -
Bernard Haitink Royal Concertgebouw Orchestra 1976 11:07 ★★★
Jos Van Immerseel Anima Eterna Brugge 2011 11:12 -
Leopold Stokowski London Symphony Orchestra 1972 11:42 -
Yevgeny Svetlanov The Philharmonia 1992 11:56 -
Sergiu Celibidache London Symphony Orchestra 1979 13:05 -
評点は『牧神』に対してのものです。*はキー違いの演奏 *はスペル不明
ホルヴァートの2録音は同じものじゃないかという気もしますが、ディスク表記を信頼します。
                 .

2006. 2. 8 amendment of commentary
2013. 1. 6 One disc added to the Faune discography






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