管弦楽のための映像
Images pour Orchestre - 3ème série


最も本質的な糸だけが音楽的な骨組みの中に存続している。けれども,
それらの本質的な糸はまさに的確に選ばれたので,それらの同時的な展開は,
その生じさせる諸関係の希少性によって,原始的な交響曲の扇情的な厚みに取って代わる」。

ジャック・リヴィエール(J.Rivière)「ドビュッシーの交響詩」の一節
曲目 :
@ ジーグ gigues
A イベリア ibéria
 1) 街の道や田舎の道を抜けて(par les rues et par les chemins)
 2) 夜の薫り(les parfums de la nuit)
 3) 祭りの日の朝(le matin d'un jour de fête)
B 春のロンド rondes de printemps

 (3部 5曲)
概説 : 
1906年〜1912年,ドビュッシー40代後半の作。着手に先駆け,「悪夢のような」離婚騒動のすえ1905年8月にリリーと別れたドビュッシーは,パリ郊外ブローニュ森大通り80番地の戸建てへ移り住んだ。銀行家の妻だった新妻エンマは贅沢な暮らしに慣れており,シュシュの誕生で乳母を雇う必要も生じ,生活費を圧迫していた。新婚旅行から戻った直後にリリーは自殺を謀り,これが報道されたことにより多くの友人が彼の下を離れていった。そうした私生活を反映してか,『海』以降も筆は進まず,ラウル・バルダック宛書簡(1906年2月24日)には「とても少ししか音楽を書いていないのですが,まったく気に入りません」と記し,デュラン(同4月18日)には「虚無の工場の中で腐り果て続けている」と愚痴をこぼしている。『映像』はこうした時期を経て書かれ,完成までに6年半を要した。

ドビュッシーが『映像』を最初に構想したのは,1896年頃のことである。この時はピアノ曲独奏用の二編を含んだ全二巻十二曲からなる大規模な連作として構想され,1903年には,のち『管弦楽のための映像』となる二台ピアノと管弦楽のための三曲を,二巻のピアノ独奏が挟む大規模な作品となり,デュラン社と契約書も交わされている(
右図)。しかし,3つの映像が連作として言及されたのはこれが最後であった。二年後のデュラン宛て書簡(1905年5月16日)の中で,この三曲は2台ピアノのための映像として再度触れられた。このときは第1楽章が「悲しきジーグ」(Gigues tristes),第2楽章「イベリア(ibéria)」,第3楽章「ワルツ(Valse)」の3曲となり,楽章が入れ替えられている(Debussy 1927)。

全曲初演は当初,シュヴィヤールへ依頼することが考えられたものの,彼は「ジーグ」だけを別に指揮することを望んだため,依頼を断念。「イベリア」の演奏解釈に難を感じていたにもかかわらずピエルネに変更され,結局は作曲者自身の指揮により,コロンヌ管弦楽団の定期演奏会で初演された。批評家の評価はいつもの如く大きく分かれ*たものの,否定的な見解はおしなべて少なかった。

全体は3部からなり,第2部『イベリア』はさらに3章に分かれている。作風は後期のドビュッシーに顕著となる神秘主義的な傾向もみられるが,その一方でイギリス,フランス,スペイン民謡や舞曲に素材を求めてもおり,比較的理解しやすい面もある。組曲風の形をとっているものの,この順番は全曲が完成後に決められたもので,実際には半ば独立したものと見て良く,演奏する場合にも,曲目順に行う場合と,作曲順(「イベリア」,「春のロンド」,「ジーグ」の順)に演奏される場合とがあり,また「イベリア」はしばしば,独立して演奏される。



《映像》〜二手ピアノと四手二台ピアノあるいはオーケストラのための十二の楽曲(1903年)
第一集 1) 水の反映 ピアノ独奏
2) ラモー礼讃
3) 運動
4) イベリア 二台ピアノと管弦楽
5) 悲しきジーグ
6) ロンド
第二集 1) 葉むらを渡る鐘 ピアノ独奏
2) そして月は廃寺に降りる
3) 金魚たち
4) - -
5) -
6) -
注 記
* 反ドビュッシー主義者のピエール・ラロは「おお,打楽器と木管楽器の何たる誤用・・(中略)それらの楽器のいかなるものも,けっしてそれ本来の機能において,また通常の音色ではけっして用いられず,それどころかつねにプルチネッラ的な声で冷笑しているかのようだ!」と講評した。いっぽうこの作品を高く評価したブリュノーは,「素晴らしい詩情/妙なる色彩/心を奪う魅力/極上の芸術」などと褒め称えた。「ジーグ」が良いとするカローやジュマン,「春のロンド」が良いと主張するラモットなど,各楽章に対する評価も評者によってばらばらであった。
Reference
F. ルシュール著・笠羽映子訳「伝記 クロード・ドビュッシー」. {Lesure, F. 2003. Claude Debussy, Biographie critique. Paris, Fayard.}
F. ルシュール著・笠羽映子訳「ドビュッシー書簡集」. {Lesure, F. 1993. Claude Debussy, correspondance 1884-1918, Paris, Hermann.}
Ashbrook, W. and Cobb, M.G. 1990. A portrait of Claude Debussy. Oxford: Clarendon Press. {Dietschy, M. 1962. La passion de Claude Debussy. Neuchâtel: Baconnière}
Debussy, C. 1927. Lettres de Claude Debussy à son éditeur. Paris: Durand et Fils, Éditeurs.
Lockspeiser, E. 1972. Debussy. New York: McGraw-Hill.




作曲・出版年 作曲年:
1909年−1912年10月10日(『ジーグ』),1906年−1908年(『イベリア』),1908年−1909年(『春のロンド』)
出版:
1910年(『イベリア』,『春のロンド』),1913年12月(『ジーグ』),デュラン社
(『ジーグ』はカプレにより編曲との説もあるが疑わしい)
編成
@ ジーグ・・・ピッコロ(2),フルート(2),オーボエ(2),オーボエ・ダモーレ,イングリッシュ・ホルン,クラリネット(3),バス・クラリネット,バスーン(3),ダブルバスーン,ホルン(4),トランペット(4),トロンボーン(3),木琴,弦5部,ハープ(2),ティンパニ,小太鼓,シンバル
A イベリア・・・ピッコロ,フルート(3),オーボエ(2),テューバ,トランペット(3),トロンボーン(3),イングリッシュ・ホルン,クラリネット(3),バスーン(3),ダブルバスーン,ホルン(4),木琴,弦5部,ハープ(2),ティンパニ,小太鼓,大太鼓
B 春のロンド・・・フルート(3),オーボエ(2),イングリッシュ・ホルン,クラリネット(3),バスーン(3),ダブルバスーン,ホルン(4),弦5部,ハープ(2),ティンパニ,小太鼓,シンバル,チェレスタ,トライアングル
演奏時間 約7分(ジーグ),約20分(イベリア),約8分(春のロンド)
初演 全曲初演:
クロード・ドビュッシー(指揮) コロンヌ管弦楽団(1913年 1月26日) 於コロンヌ管弦楽団演奏会
(カプレは当時アメリカに居たため初演はドビュッシーが行った。カプレとある資料は誤り)
「イベリア」初演:
ガブリエル・ピエルネ(指揮) コロンヌ管弦楽団(1910年 2月20日) 於コロンヌ管弦楽団演奏会
「ジーグ」,「春のロンド」初演:
クロード・ドビュッシー(指揮)(1910年 3月 2日) 於サル・ガヴォー(デュラン演奏会)
推薦盤
(全曲版のみ)

★★★★★
"Images pour Orchestre / Le Martyre de Saint Sébastien" (Philips : PHCP-2034)
Pierre Monteux (cond) London Symphony Orchestra
ピエール・モントゥーは20世紀前半を代表する巨匠の一人。ストラヴィンスキーの『春の祭典』を初演したほか,同時代人の擁護者として,多くの作品を初演しました。ドビュッシー世代を生で知る巨匠として,海外では大変評価の高い指揮者なのですが,わが国の識者の間ではあまり好まれない様子。恐らく「巨匠らしくない」柔和な風貌と,それをそのまま音楽にしたような暖かさに満ちた指揮が,「カッコよくない」からでしょう。彼は晩年,ロンドン交響楽団の常任指揮者に就任しますが,亡くなるまでの数年間に,素晴らしい置き土産を遺してくれました。この『映像』はその頂点をなすもの。なにぶんにも半世紀前。現在のオケの演奏水準からすると細かい点に劣るところはあります。しかし,それを補って余りある大らかな包容力こそ本盤の美点。分けても「イベリア」から「春のロンド」に掛けてはもはや神懸かり的。今もってこれほど悦びに溢れ,ふくよかで暖か味に満ちた演奏に私は出逢ったことがありません。老匠が生涯掛けて到達した至福の境地がここに。

★★★★
"La Mer / Nocturnes / Printemps / Rhapsodie No.1 / Prélude à l'Après-midi d'un Faune / Jeux / Images / Danses" (CBS : SM2K 68 327)
Pierre Boulez (cond) New Philharmonia Orchestra: Cleveland Orchestra
理論家,作曲家,そして指揮者のどれでも成功した大御所ブレーズには,二度のドビュッシー録音があります。彼のドビュッシーといえば,圧倒的に知名度が高く,評価もされているのはグラモフォンのほうですが,ラヴェルはともかくドビュッシーに関しては,圧倒的にこの一度目の録音の水準が高いと思うのは私だけでしょうか。確かに,1960年代後半の録音なので,現代のオーケストラに比べると,ほんの少しばかりピッチが不揃いで,ざらっとした耳障りや居住まいの悪さを感じることもあるにはあります。しかし,譜面を細部まで読み込み,一切曲に酔った様子もなく,理路整然と音に置き換えていく冷徹な指揮ぶりと,蛇に睨まれた蛙の如く緊張しながら音を並べていくオケの緊張感の素晴らしさは,同時代の他録音のどれも及ばぬものでした。彼の『映像』は,ピアノにおけるミケランジェリ的な緊張感が極大化した,高踏的な演奏が印象的。ある意味,モントゥーのぽかぽか感とは対照的な,ぴりぴりした映像です。

★★★★
"Images pour Orchestre / Nocturnes" (London : F25L-29171)
Charles Dutoit (cond) Orchestre Symphinique de Montréal
N響の指揮者を務めたことで,すっかり日本でも人気者となったデュトワが,1980年代後半から当時の手兵モントリオール交響楽団を従えて進めたドビュッシー連続録音は,彼が一躍その名声を獲得したラヴェルの連続録音に続いておこなったもの。1980年代前半の全盛期から少し間が空き,ごく僅かオケの響きこそ落ちたものの,世界一と謳われたこともあった甘美な弦部は,この盤でもその持ち味を存分に披露します。デュトワの『映像』は,全体的にすっきりとした現代的なリズム処理が新鮮で,なかんずく「ジーグ」の出来が素晴らしく良いのが美点。同曲に関してはモントゥ盤を凌ぐ名演奏。都会っ子らしい流麗なリズム配置を武器に,ふくよかで牧歌的なモントゥとは異なる,独自の解釈を確立した会心の出来映えです。アルバム・トータルでは出来に僅かのむらがありますので,これをいの一番にはちょっと推せないんですけれど,既に『映像』をご存じで,2枚目以降に聴くならお薦めなのではないでしょうか。

★★★☆
"Berceuse Héroïque / Images pour Orchestre / Jeux / Marche Écossaise / Prélude à l' après-midi d'un faune / Nocturnes / La Mer / Rhapsodie pour Orchestre et Clarinette Principale / Danses" (Philips : 438 742-2)
Bernard Haitink, Eduard van Beinum (cond) Royal Concertgebouw Orchestra
実直型指揮者ハイティンクの選集。彼のドビュッシーは,『牧神』にしても『夜想曲』にしてもテンポ遅めで,丁寧な描き込みが特徴。実直型らしく,際立った美点はなく,悪く言えば面白味に欠けるのですが,その分大きなし損じも少ない生真面目な演奏が彼の持ち味です。フランスのオーケストラに比べて匂い立つような膨らみや香気はありません。しかしスマートで丁寧な推敲と端正な響きには独自の魅力があります。極端に遅い『ジーグ』のテンポ取りや,やや硬めの装飾音処理は賛否が分かれるでしょうが,全体に中庸で安定感があり,間口の広い演奏。『イベリア』の抜粋版が多く,あまり選択肢のない全曲録音盤の中では,トップ・クラスの安定感を持つ一枚と思います。

★★★☆
"Images pour Orchestre / La Mer / Prélude à l' après-midi d'un faune" (Sony : SK 62599)
Esa-Pekka Salonen (cond) Los Angeles Philharmonic
後期のドビュッシーらしく動機はますます断片的になり,抽象度も高く難解な『映像』は,指揮者の解釈次第で簡単に雰囲気が変わる懐の深さを持った作品。それでいて,一歩解釈を誤るとたちまちピントのずれた迷演になってしまう,指揮者泣かせの難曲です。おまけにこの曲に関してはモントゥー盤があまりに図抜けた出来映えなので,2位以下を紹介しようとすると,どうしてもつけたりの感が否めません。サロネン盤の『映像』は,『牧神』と同様,中庸に徹した解釈。モントゥの暖かな音場感と,デュトワのシャープな切れ味を取り合わせ,押さえるべきは程々に押さえた無難な内容です。リズム処理がやや全体に固めで,膨らみと抑揚に乏しいのは気になりますが,何しろ録音がダントツに新しいので,録音も断然優れているうえ,オケの統率も抜群に良いのが美点。適度に面白みもあり,初めて聴く人から聴き比べを愉しむ人まで,それぞれに合わせた発見が用意された間口の広い『映像』であると思います。

★★★☆
"La Mer / Images pour Orchestre / Trois Chansons de Charles d'Orléans / Noël des Enfants qui n'ont plus de Maison" (Testament : SBT 1213)
Désiré-Emile Inghelbrecht (cond) Freda Betty (counteralto) Orchestre National de la Radiodiffusion Française : Chorale Symphonique de la Radiodiffusion Française
テスタメントが出した古典的名演奏の分売ものの一枚(あと一枚『セバスチャンの殉教』が出ていますが,小生はパス)。繊細に推敲された指揮に関して言えば,これはかなり秀抜な部類に入る作品。しかし何しろ半世紀前の録音ですから,音声はモノラルだし(今時の人はモノラルという言葉すら知らないかも知れない・・),オケや合唱団の響きは,現代の高度に専門化されたそれに比べれば落ちます。これからドビュッシーを聴こうという方のための録音では勿論あるはずもなく,これは一通り色々な演奏を聴いた方が,「ああ,こういう解釈もあるのだ」とか,「かつてはこういう風に解釈演奏するのが美学だったのだ」と目から鱗を落とすためのCDと申せば宜しいのでは。現象としてあらわれた演奏のレベル(経験論的レベル)と,それを生み出す意図や解釈(実在論的レベル)とを切り離して楽しめるようになった方にのみ,この盤は推薦すべき盤です。
 (評点は『映像』のみに対するものです。)

(2006. 6. 27 Revised)








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